新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、従来の中央集権的(centralization)な政府のシステムの脆弱性を暴き出した。論者らは法制度、市場経済、個別の業界の構造、そしてインターネットの仕組みは「もともと中央集権ではなく、分散型(decentralization)だった」と指摘する。今こそ、分散型のシステムを人々がうまく運用するためのガバナンスモデルを考えるべき時だ──。

 2020年6月26日、このような壮大なテーマに基づくオンライン会議が開催された。タイトルは「ポストコロナ時代の金融・社会システムのリデザイン ―ブロックチェーン技術による社会課題の解決策―」。本来であれば3月に開催予定だったイベント「Blockchain Global Governance Conference (BG2C) 、FIN/SUM Blockchain & Business (FIN/SUM BB) 」の一環として開催された。主催団体は日本経済新聞社と金融庁である。

 オンライン会議の登壇者は以下の面々である。

  • マイケル・ケーシー氏(コインデスク 最高コンテンツ責任者)=モデレーター=
  • カタリーナ・ピストー氏(コロンビア大学ロースクール 教授)
  • 松尾真一郎氏(ジョージタウン大学 研究教授)
  • ピンダー・ウォン氏(VeriFi会長)
  • ホアキン・ガルシア=アルファロ氏(仏Institut Mines Telecom テレコムSudParis 教授)
  • クロサカ タツヤ氏(企=くわだて= 代表取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授)
  • 藤本 守氏(SBIホールディングス 執行役員 ブロックチェーン推進室長)
  • 山崎 信一郎氏(三井住友銀行 トレードファイナンス営業部シンガポール 副部長)
  • リチャード・G・ブラウン氏(R3 CTO)

 また、オンライン会議の内容は下記URLで公開されている。
オリジナル(英語)
日本語同時通訳

 このオンライン会議の主な話題をお伝えする。

「中央集権型の政府は新型コロナ感染症対策に失敗している」

 モデレータのマイケル・ケーシー氏(Michael Casey, コインデスク 最高コンテンツ責任者)は、「このオンライン会議では、ブロックチェーン技術を使いパンデミック(感染症の大流行)後の金融・社会システムをどう再設計するかを議論する」と会議の方向性を示した。

 続いて、ケーシー氏は会議のコンテキスト(文脈)とフレーム(議論の枠組み)を提示した。「打ち合わせでピンダー・ウォン氏が述べた『いま大きな転換点にある』という指摘は印象に残った。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が何をもたらすのかを考えることは、人々が協力し合うネットワークを考えるということだ。

 公衆衛生は運命共同体であり、我々の健康は他者の健康に依存することが明らかになった。ポルトガルの事例は印象深い。多くの不法移民がいたが、彼らにただちに市民権を与えた。全国民を守るには移民も含めた全員が医療を受けなければならない。包摂的なガバナンスが必要だった。

 一方、中央集権的なガバナンスの失敗が起きている。私の国である米国は感染者数でも死者数でも世界最悪か下から2番目だ。連邦政府は対応に大いに苦戦している。医療物資も何もかもが不足している。うまくいったのは、一部の州、自治体のボトムアップの取り組みだ。分散型の仕組みがうまく機能した。中央集権型の失敗は大きなテーマだ。

 関連してレジリエンス(復元力)の欠如も重要だ。私たちはサプライチェーンは効率を重視し、コンピュータ制御のジャストインタイムで余分な在庫を持たないよう在庫管理を行ってきた。今回のような大きな事件ではバックアップがなかった。代替物資をただちに調達することができなかった。柔軟なガバナンスがなかった。これも重要なテーマだ。お金の給付にも問題があった。アナログなシステムには限界があることが分かった。

 新型コロナウイルス感染症の接触追跡も重要なテーマだ。これは会議の中で議論する。

 一方、米国ではもうひとつの大規模な混乱があった。もはや殺人といえるが、ジョージ・フロイド氏が亡くなった。黒人差別撤廃の活動”Black Lives Matter”は重要だと考えている。これは包摂性の問題であり、私たちは排除と戦わなければならない。技術、アルゴリズム、システムで、新たな課題に分散型のやり方で対処しなければならない。誰も取り残してはいけない。アルゴリズムが特定の集団のためのものであってはならない。全員が含まれなければならない。始めにフォーカスを当てなければならないのは人間がどこにいるかだ。中心にあるべき人間はどこにいるのか」

ブロックチェーン技術を感染症の接触追跡に使えないか

 ピンダー・ウォン氏(Pindar Wong, VeriFi会長)は「アイデンティティ」、つまりデジタル技術による個人の識別と、感染症の接触追跡(注:日本では「接触確認アプリ」が知られている)について語った。

「病気に国境は関係ない。インターネットのように無差別に、すべての人に影響を与える。接触追跡で私は何らかの識別子を明かさないといけない。GoogleとAppleはスマートフォンに接触追跡の機能を入れた(注:GoogleとAppleは接触追跡のための機能を共同開発し、これはドイツや日本の接触確認アプリで使われている)。私たちは2種類の政府と付き合っている。一つは国。もう一つはスマートフォンの中の世界だ。

 民間部門と政府が共同で接触追跡を行うことは、昔ならファシズムの一種と言われただろう。ブロックチェーンは分散型で、透明性を持ちながらプライベートである点が特徴だ」

 GoogleとAppleの接触追跡のフレームワークは個人情報と極力紐付かないように作られてはいるのだが、香港在住のウォン氏にとっては、政府が関与する個人の追跡には警戒するべきだというトーンであった。今は香港に対する中国政府の圧力が強まり、一国二制度が脅かされている時期である。

 ウォン氏は、政府と民間企業が協力して市民の追跡を行う現状の接触追跡の仕組みに強い警戒を示す。現状の接触追跡(接触確認ともいう)ではGoogleとAppleが作ったブラックボックスを信用する必要がある。ブロックチェーン技術をうまく使うことで、透明性と個人情報の保護を両立できる可能性がある。

 また、ピンダー・ウォン氏は「香港」と「マネー」について発言を求められ、次のように語った。「ビットコインは、ライト兄弟の最初の飛行のようなものだ。数十メートルしか飛ばなかったが、金融システムの飛行に成功した」。ビットコインは既存の金融システムにまだ影響を与えるには至っていないが、CBDC(中央銀行デジタル通貨)のような他のデジタル通貨のメカニズムが出てくると、事情は変わってくるだろうと指摘した。

日本の「接触確認アプリCOCOA」が話題に

 ホアキン・ガルシア=アルファロ氏(Joaquin Garcia-Alfaro, 仏Institut Mines Telecom テレコムSudParis 教授)は次のように述べた。「医学的に役に立つように有用性を高めると、プライバシーへの脅威となる。中央集権型のやり方はプライバシーの観点では良くないが、一方でデータが一カ所に集まることは疫学的に役立つ。ユーザーが自分のアイデンティティを完全に支配したい場合、分散型のやり方を考えることだ」

 このように「プライバシー対有用性」の2項対立の構図が存在することを指摘し、ブロックチェーン技術のメリットを接触追跡に役立てられないかという示唆する内容だった。

 日本の「接触確認アプリ」の検討に関わったというクロサカ・タツヤ氏(企=くわだて= 代表取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授)は、次のように発言した。「日本政府はちょうど『接触確認アプリCOCOA』をローンチしたところだ。日本では『追跡』ではなく『確認』と言っている。COCOAは他の追跡アプリと似ているが、個人情報は取得せず接触履歴だけを取得し、(感染症の陽性者との)接触が発生したときのみアラートが発生する。

 ガルシア氏の話にあったプライバシーと有用性のバランスだが、日本では公衆衛生関係者は住所の取得が必要だといい、その意見への反対意見もある。問題は、両方とも人が不在であることだ。

 多くのID(個人識別)システムは、ブロックチェーンを使っていたとしても、人間不在だ。これでは福利厚生を高めることはできない。人がすべての設計図の中心にあるべきだ。

 皆さんにお尋ねするが、私たち自身をどのように社会システムの中心に据えたらいいだろうか。私の意見では社会システムのコンセンサス(合意形成)を目指すべきだ。お互いに信頼が必要だ。そこでは分散型のアーキテクチャが役に立つはずだ」

 クロサカ氏は、モデレータのケーシー氏が問いかけた「人を中心に」というメッセージを強調し、繰り返した。人は疫学上のデータとして扱われるのではなく、尊厳を持つ個人として扱われることで、政府の取り組みに協力するようになるだろうというのである。なお、クロサカ氏らが参加した「接触確認アプリ」に関する議論の模様も記事になっている。関心がある読者は参照されたい。

「できないと思われたことが、できることが分かった」

 分散型台帳技術(DLT、ブロックチェーン技術とほぼ同じ意味の用語)のCordaを開発する企業R3のCTO(最高技術責任)であるリチャード・G・ブラウン(Richard Gendal Brown)氏は、最近Forbes誌に新型コロナウイルス感染症跡の世界への希望を語るエッセイを発表している。

 ブラウン氏は次のように語った。「新型コロナウイルス感染症の流行拡大で、悲観論がはびこっていた。R3も顧客企業も在宅勤務になった。苦しんでいる人達がたくさんいる。多額の支出が必要となる。

 この危機が終わった後に、世界はどんな形になっているだろうか。6カ月前ならできないと思われていたことが、できるようになった。例えば遠隔医療はイギリスでは抵抗があったが、一夜にして当たり前となった。中世以来変わらなかった大学も、一夜にしてリモート授業に切り替わった。ニューヨーク証券取引所でさえ、トレーディングフロアを一時期停止した。中国だけでなく、イギリスでも1週間で7つから8つの病院ができた。イギリスはこの40年間、ヒースロー空港に新しい滑走路の1本も作れなかった国なのに。

 先進国では大きな事を成し遂げるのが難しくなっている。何かをすることで損をする人がいるために、賛同を取り付けることが難しくなっている。それが、(新型コロナウイルス感染症のために)理由があればできることが分かった。

 私たちは、失われた富を再構築しなければならない。ブロックチェーンのようなテクノロジーは、市場、産業のレベルで大変革を起こすことができる」

 ブラウン氏は、また現実世界の問題を解決する難しさを次のように語った。「ある業界で中間業者を省こうとして、うまくいかなかった。省かれる側は抵抗した。

 金融のような例外を除けば、市場は根本的に分散型だ。数年前に気がついたことは、私の仕事は市場を分散化させることではなく、すでに分散型である市場がベストな形で機能するようにすることなのだ。

 大きな変化をもたらすプロジェクトには共通点がある。それは、新しいものを創造しようとせず、市場をそのままの形で捉えていたことだ。過去300年以上にわたり市場参加者が作り上げた知恵よりも、私たちの方が賢いと考えることは思い上がりだ」

 このようにブラウン氏はブロックチェーン技術を現実世界の問題に適用する上では、市場構造、市場のプレイヤー、ステークホルダーの事情に合わせて導入することが重要であると指摘した。

「分散型のドル制度」の試み

 カタリーナ・ピストー氏(Katharina Pistor, コロンビア大学ロースクール 教授)は、法制度について語った。「今はまるで戦時中のようだ。だが歴史を振り返ると、これほど大きな転換があっても連続性があり、昔ながらの慣習は残る。

 システムデザインは十分に理解されていない。法は国家中心であり、中央集権であり、トップダウンだと思われている。だが、法は、とりわけ経済システムについては分散型だ。コモンロー(英米法)は分散型システムだ。コモンローを元に英米の資本主義が作られ、それだけでなくグローバル資本主義も作られた。

 ブロックチェーンの分散型の仕組みは分かるが、権力の集中、つまりコーディング(プログラミング)できる人々が物事を決めてしまうことが心配だ。多くのステークホルダーが参加することが重要だ」

 法学の専門家の立場から、「法のシステムは分散型であり、資本主義に基づく経済システムのベースである」と主張し、またブロックチェーンのような新しい世代の分散型のシステムにも権力構造が存在することを懸念する発言となった。

 また、カタリーナ氏は分散型の金融システムに言及した。「アメリカでさえ、今回の危機で給付金を直接配る手段がなく、小切手を送った。数週間もかかるし、納税している人にしか届かない。本当に必要としている人にお金が届かない問題がある。

 議論が出ているのはデジタル決済システムだ。理想的にはFRB(連邦準備制度、米国の中央銀行にあたる)に全員が口座を持てば、全員にヘリコプターマネー(政府が民間に支給するお金)をばらまくことができる。これは検討はされているが実現していない。

 私の同僚ロバート・ホッケート(Robert C. Hockett)氏は、民主的なドル制度(The Democratic Digital Dollar)を研究している(参考資料)。これは州レベルで実現する。ニューヨーク州では昨年秋に法案が提出された。州がデジタル口座を住民のために開設し、自治体の支払いは口座を通して行う。「マネー」や「貨幣」と呼んではいけないが、地元だけで使える通貨だ。このシステムは連邦政府のレベルでは無理で、州、自治体のレベルで実現する必要がある。地方の管轄になるように設計する。

 連邦政府と議論になる可能性はある。たくさんのグレーゾーンをくぐり抜ける必要がある」

 国が実現できない制度も、地方なら実現できる。デジタルな地方通貨制度は、分散型の社会システムへ向かうための一つのアプローチといえるだろう。

ブロックチェーンガバナンスの仕組みBGIN

 松尾真一郎氏(ジョージタウン大学 研究教授)は次のように述べた。「ビットコインは分散型の計算ネットワークを維持するすばらしいメカニズムだ。マイナーにインセンティブを与えて分散ネットワークを維持している。これはゲーム理論の良い例だ。

 クロサカ氏のいう『人を中心に』を考えてみよう。いろいろなステークホルダーのペイン(苦痛)ポイントとインセンティブを理解しなければならない。新型コロナウイルス感染症対策でも、この出発点から戦略を立てて取り組まないといけない。

 私たちにはボトムアップの協力型のアプローチが必要だ。ブロックチェーンはそのようなものを実現するのに素晴らしい取り組みだ」

 また、松尾氏や金融庁らが推進するブロックチェーンガバナンスの取り組みBGIN(関連記事1、関連記事2)について説明した。

「誰でも、どのようなステークホルダーでも議論に参加できる。誰でもプルリクエスト(注:提案)を出せる。(インターネットの基本的な考え方)『ラフな合意と動くコード』のモデルを採用する。GitHubリポジトリやメーリングリストでディスカッションをしているが、対面型のミーティングも開催する

 先週、私たちは初めてオンラインミーティングを開催した。65人の参加者がおり、政府、銀行、中央銀行、エンジニアなどあらゆるステークホルダーが集まって議論した。

 日本の金融庁の人は、多くのドキュメントをエンジニアと一緒にGitHubリポジトリで作っている。将来は金融庁の人がBitcoinやEthereumのコードを書くことや、ブロックチェーン関係者が政府の規制にプルリクエスト(提案)をかけることが期待される」

規制、慣習のハードルを指摘

 藤本 守氏(SBIホールディングス 執行役員 ブロックチェーン推進室長)は、新型コロナウイルス感染症の対策として政府が配る給付金の配布に手間取ったことを話題に取りあげた。「個人に向けた給付金の支給のために、政府はたいへんな努力をしている。個人情報を持っている組織は多い。税務署、市役所、銀行などだ。しかしそれらは細分化されており相互運用性がない。そこで手作業で入力している。これは馬鹿げている。分散型台帳技術のような新しい技術で課題は解決できるだろうが、問題は規制の壁だ」

 山崎 信一郎氏(三井住友銀行 トレードファイナンス営業部シンガポール 副部長)は、貿易金融の現状について語った。「貿易決済の『呪い』は紙だ。何十年も紙を使ってきた。BL (Bill of Lading)、船荷証券を、すべての国の政府が承認しなければ、ソリューションは中途半端だ。今までにも多くの企業やプロジェクトが問題を乗り越えようとしたが、徹底できず紙に逆戻りしてきた。

 もうひとつ、サプライチェーンの問題がある。新型コロナウイルスでサプライチェーンの強さも弱さも分かった」

貿易関係者がブロックチェーン技術に期待を寄せていることが伺える一方、現実にはすべての国の政府の承認というハードルがあることを指摘した。また、山崎氏は中古車貿易で、日本円を持っていないアフリカ諸国のバイヤーがビットコインを使う事例があることを明かした。

「インターネットに学んで欲しい」

モデレータのケーシー氏は、最後にクロサカ氏に発言を求めた。クロサカ氏は「私には夢がある。エンジニア、産業界、金融業界、政府、すべてのステークホルダーがインターネットコミュニティから学んでほしい。インターネットは最も有名な分散型システムだ」

分散型であり、すべての人々に届く包摂性を求めているインターネットに学ぶこと。これは、松尾氏らが進めるBGINの理念でもある。

新型コロナウイルス感染症という大きな災厄を経て、私たちは分散型(あるいは分権型)の社会システムの必要性や、すべての人をターゲットとする包摂性の重要性を身にしみて感じている。ブロックチェーン技術を、よりよい世界を作るために活用していきたい──そのような思いが感じられるオンライン会議だった。


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