VICTORY

先月、アメリカのトランプ大統領の来日では、しきりに「おもてなし」という言葉が使われた。
国賓として天皇陛下に最初の会見、高級ゴルフ倶楽部を貸し切り、大相撲の枡席にはソファー、そして炉端焼きディナー、あの歓迎ぶりをみれば「おもてなし」という言葉はぴったりだ。でも、多くの国民は「おもてなし」という言葉の裏に「やり過ぎ」という皮肉を込めていたのもまた事実だろう。ご存知の通り「おもてなし」は1年1か月後に迫った東京オリンピックのひとつのキーワードなのだが、アメリカ大統領の来日という大イベントひとつを見てもやり方を間違っているのではないかと不安になった。

▽プレゼンの真実

「おもてなし」という言葉にスポットがあたるようになったのは滝川クリステルさんのあのプレゼンテーションだ。
2013年9月、アルゼンチンのブエノスアイレス。カナル沿いにあるヒルトンホテルであの有名なIOCのジャック・ロゲ会長(当時)による「Tokyo」のコールが行われた。2020年東京大会が決定した瞬間だった。取材者の1人として正直に言うと「お・も・て・な・し」のスピーチがその年の流行語になるほど国内で受けていたとは思いもしなかった。しかも、それが東京決定の決め手になったように扱われているなど、現地の感覚とはここまでずれるかというのが、私の、いや世界の本音だ。

東京、マドリード、イスタンブール。この3都市がプレゼンテーションを行ったわけだが、日本のそれは確かに内容が良かった。安倍首相の原発はアンダーコントロールだという発言は正直いただけなかったが、パラリンピアンの佐藤真海さんのスピーチはアスリートの力を世界にアピールし猪瀬直樹東京都知事のスピーチも説得力はあった。

なかでも、公式的にはプレゼンと見なされなかった高円宮久子さまのスピーチが秀逸だった。フランス語でスタートしたその挨拶は、日本人とは思えないほど綺麗な発音、凜とした気品、時折見せる人を魅了する笑顔、そして皇室としての存在感、内容を含めすべてが超一流だった。権威主義の権化とも言うべきIOCの面々が、そのスピーチに一気に引き込まれたのをはっきりと覚えている。東日本大震災への支援のお礼、日本の中でスポーツが果たしてきた役割、そしてオリンピック精神への共感。私自身も日本人のあそこまでパーフェクトなスピーチを見たことがなかった。このプレゼンで票が動いたとすれば、MVPは間違いなく久子さまだった。その証拠に、会場でヨーロッパの何人かの記者に久子さまのスピーチにあった「TSUBASAプロジェクト」に関する質問や日本の皇室の歴史などについて質問を受けた。「おもてなし」という言葉や両手を合わせてお辞儀をするポーズの意味などを聞いてきた記者は1人もいなかったことを一応付け加えておきたい。

▽ほんとにロビーで行われるロビー活動

しかし、東京オリンピックを引き寄せた本当の要因はロビー活動にほかならない。IOC総会の会場ヒルトンホテルでは勝負はプレゼンの随分前、前日までのそれこそロビーで、めまぐるしい動きが続いていた。総会の前には理事会があり、その会議の合間、また会議の後には、投票権を持つIOC委員やその関係者がロビーでくつろいでいる。いたるところで知った顔同士が談笑し、ラウンジでは商談さながらに真剣な顔で話し合いをする人たちの姿がある。日本の有力な対抗馬とされたマドリードは、フェリペ皇太子が精力的にロビーを動き回っていた。最後の訴えをしていたのは明らかだった。もちろん東京の招致委員会の竹田恒和理事長や水野正人事務総長など日本の関係者も数多くその場にいた。安倍首相や久子さまも前日にはこのホテルに入った。ロビーには長くはいなかったものの様々な形で投票を呼びかけたであろうことは想像に難くない。投票前日のヒルトンホテルはまさに戦場だったというわけだ。

もちろん、ブエノスアイレスに入るまでにも激しいロビー活動は行われていた。IOC委員の立候補都市への個別訪問などが禁止されている現状のルールでは、海外に行かなければ誰とも会うことができない。さらには票読みや有効なルートを見つけ出すことなどに長けたコンサルも多数存在する。そのひとつが招致委員会の理事長としてJOCの竹田会長が贈賄の疑いをかけられている案件だが、正直あれは言い掛かりに等しいように思える。というのも、招致委員会の口座を使うような”超”がつくほどの表のルートで、汚職をやっていたとしたら論外だからだ。いずれにせよ、使える限りのあらゆるルートを使って長い時間をかけ東京の招致計画の利点、ほかの都市よりいかに優れているかを説いた結果が、「Tokyo」の発表につながった訳だ。

▽本当の意味での「お・も・て・な・し」

ことここに及ぶと世間一般に東京招致の決め手とも思われている「お・も・て・な・し」は、ほぼ意味を持たないように感じてしまうが、実はそうではない。大会そのものの成否を決める大きな要素となるのが、オリンピックのために日本に来る外国人が満足したかどうかだからだ。

日本政府は2020年のインバウンドの予想を4000万人としている。去年が3100万人あまりだったことを考えると、とんでもない数字だが、オリンピック・パラリンピックを開催するというのはそういうことなのだ。はっきり言って東京オリンピックを決めたIOC委員は、黙っていても「おもてなし」を受ける。それは、日本でなくとも同じことだ。だからこそ大事なのは、僕らが名前さえも知らない人々がどういう印象を受けるかだ。オリンピックをきっかけに初めて日本に来た人たち、おそらくうだるような暑さにうんざりすることだろう。でも、そこで見ず知らずの日本人が、冷たいおしぼりをぽんと渡したらどうだろう。一杯の冷茶を差し出したらどうだろう。あのときのスピーチのエピソードのように、落とした財布が戻ってきたらどうだろう。オリンピックの印象は、日本の印象は、このさきずっとその人の中で輝き続けることは間違いない。

そう考えれば、私たち日本人は東京に一票を投じた名のある特定の人のためではなく、目の前にいる名前も知らない人たちに「おもてなし」の心で接することが本当の意味で大切なのだ。押しつける気持ちは毛頭ないが、心に優しさを持った凜とした日本人でありたいと思うのは私だけではないはずだ。

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VictorySportsNews編集部


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