「日本のファクトリーは世界一の水準」と海外からやってくるシェーパーは口々に言う。リッチ・パベル photo RiRyo

シリーズ「サーフィン新世紀」31

世界に誇れる日本のサーフボード技術が衰退の危機に迫っている


ガレージシェープという自作サーフボードが世界的に静かなブームだという。e-ベイなどでは中古の電気カンナ、スキル100が出品されれば即落札されるし、サーフボードをシェープしやすいように改良した日立やマキタも高値で取引されている。自作サーフボードのために自宅の庭にコンテナを置いて専用のシェープルームを作った者もいる。YouTubeで検索すればサーフボードの作り方を、その道のマイスターが公開している。門外不出だったサーフボードの製作技術がスマホで検索するだけで知ることができる時代になった。日本でもガレージシェープの波は、その兆しはあるものの、まだブームと呼ぶほどではない。しかしそのようなことになったら一大事と思う人もいるかもしれない。

さて、サーファーが個人的にサーフボードを作るようになったら、サーフショップでサーフボードを誰も購入しなくなるだろうか?業界を震撼させるような恐ろしい事態となるか?いや、むしろこれは後継者不足に悩む業界を活性化させ、貴重な技術を次の世代へと継承する可能性を秘めているとわたし(筆者)は考えている。現在の若いサーファーのほとんどは、サーフボード作りの楽しさを知らずに育っているからだ。彼らはサーフボードの修理さえできない。

サーフボードは手作りが基本、だが修理さえできないサーファーが増えている  photo RIRyo

サーフボードビルディングという文化

サーフィン文化を語るうえで、その特異性を顕著に表しているのが、サーフボードとそのファクトリーだ。サーフボードは21世紀になった今日でもほとんどがサーフボードビルダーによるハンドメイドだ。2021年の東京オリンピックがもし開催されれば、出場する世界中の選手全員が、ハンドメイドによるワンオフのサーフボードで出場することになる。手作りのツールでオリンピックの金メダルが争われるのだ。このようなスポーツが他にあるだろうか?

サーフボードはガレージで作られ、やがてファクトリーへと発展した 
from The History of Surfing by Nat Young/Dale Velzey collection

さらにそのサーフボードを作るファクトリーもユニークだ。サーフィン黎明期、サーフボードは海岸や桟橋などで、材木を手カンナで削って作られた。やがて納屋やガレージでそれが作られるようになり、ファクトリーへと進化した。そのファクトリーの仕組みもサーファーが考案し、それを他のサーファーが真似て世界に広がった。例えばシェープルームは、蛍光灯が横壁に備えられて明暗を利用して曲線を測ることができるが、これは工学博士号を持つ大学教授やエンジニアが考案したものではない。

サーフボードフォームを鯛焼きのように発泡させ2つにカットし、木製のストリンガーを挟んで反りをつけブランクという部材としたのもサーファーだ。ポリエステル製のフォーム自体さえもサーファーが開発したと言っていい。つまり、サーファーはサーフボードを原材料から作り、そのファクトリーの設備さえ考案して現在に至っている。サーフィンはスポーツではなくカルチャー(文化)だと言われる所以はこういうところにもある。

左右均等の照明でフォルムを確認できるシェープルームもサーファーが考案した。リッチ・パベル photo RiRyo

カリフォルニアのサーフボード事情

カリフォルニアにはガレージシェープという伝統が今も続いている。ビジネスとしてではなく個人的にサーフボードを作る趣味の領域だ。もちろんこづかい稼ぎが目的だったり、そこから本格的なビジネスに発展ということになる可能性は否定できないが、ほとんどは自分で乗るための「サーフボードを作る楽しみ」に過ぎない。ガレージシェープはアンダーグラウンドな世界であるからその実態は把握できないが、サーフボードフォームからガラスクロスやレジンまで誰でも購入できる店がこの地にあることを察すれば、ガレージシェーパーは少なくはないだろう。

そんなカリフォルニアでも、ファクトリーで製造された完成度の高いサーフボードをサーフショップで購入するというサーファーが大多数を占める。しかし品質は落ちても自作のボードでサーフしてみたいと思うマイノリティーの文化がそこには存在し、作る楽しみという夢が叶えられる手段が用意されている。

サーフボード業界の後継者不足

他の家内工業的な業種を例に見るまでもなく、日本ではサーフボードファクトリーも後継者不足に悩んでいる。3K(キツイ、汚い、危険)であり、出来高でしか賃金が支払われないという不安定要素は現実として重くのし掛かり、副業を持つサーフボードビルダーも少なくない。サーフボード作りは技術の継承であるから教える人がいなければ後進は育たない。技術を教えたら、仕事を取られてしまうという不都合な事実がこの業界にはある。そのような理由もありサーフボード業界は部外者に対して門戸を閉ざしてきた。材料を卸す会社も一般のサーファーとは取引をしない。これまでは徒弟制度のようなスタイルでファクトリーは存続してきたが、現在は後継者が育たず技術も伝わらないという現実に直面している。世界一と言われる日本のサーフボードビルディングの技術が後継者不足により途絶えようとしている。

サーフボード作りは苦役か?

しかし3Kだけが後継者不足の原因ではないはずだ。たとえ3Kでも、サーフボード作りに興味があると思う若いサーファーがいるはずだとわたしは思う。最近、わたしはサーファーズジャーナル日本版から依頼されてサーフボード・サンダーのインタビューを翻訳した。サンディングはサーフボード作りのなかで最も過酷でかつ重要な工程だが、それでも彼らが口を揃えて言うのは『仕事を楽しんでいる』ということだった。

湘南に住むわたしは、多くのサーフボードビルダーと接する機会が多いが、多少のぼやきはあるものの、彼らからはサーフボード作りの情熱を必ず耳にする。サーフィンを愛するサーファーであればサーフボード作りは楽しい、のであって単純な苦役ではない。金のためだけでやっているわけではない。つまり若い世代のサーファーがサーフボードファクトリーで働こうとしないのは3Kや収入面だけではなく、その面白さが伝わってないからではないかとわたしは考えている。

開かれた文化は世界に通じる

世界一の水準を誇る日本製サーフボードの伝統がもし途絶えたら、この国が築いてきたサーフィン文化の大きな損失となるだろう。このままでは、サーファーは増えてもサーフボードは全て外国製という自体を招きかねない。

その損失を食い止めるには、これまで門外不出であったサーフボード作りの技術をさまざまな方法で公開し、ガレージシェープの文化を日本にも芽生えさせることだ。サーフショップを通じてサーフボードフォームを購入したり、またサーフボードファクトリーではシェープルームの時間貸し、さらにシェーピングテクニックのレクチャーを開いても良いだろう。次の若い世代へ、波に乗ることだけでなくサーフボードを作る楽しみを伝えることも、文化の発展には重要だとわたしは考えている。ライアン・バーチーやタイラー・ウォーレンのように、新しい世代がサーフボード作りに触れられる環境が日本にもあったらとわたしは痛切に感じる。

(李リョウ)

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