レズビアンであることを公表している元バレーボール選手の滝沢ななえさんが、スポーツ界に求められる多様性への姿勢について語った(全2回の2回目/前編はこちら)。

 バレーボール界で活躍し、引退したのちの2017年、滝沢ななえは自身がレズビアンであることをテレビ番組でカミングアウトした。

 その3年前、国際オリンピック委員会はオリンピック憲章を改訂。性的指向による差別の禁止を加え、2016年のリオデジャネイロ五輪、2018年の平昌五輪では海外の多くの選手がカミングアウトするに至った。

 ただ、日本ではまだ状況が異なる面がある。


 滝沢はこう捉える。

「海外だと同性婚が認められていて、国の文化としてというのが言い方として合っているか分からないですが、同性愛者の方の存在が見えているというか、身の回りにそういう方がいることが当たり前の国々があると思います。そういう国であればアスリートもなんの懸念もなく言える。そもそもの国のあり方、カルチャーが違うんじゃないかと思いますし、国民性もあるんじゃないかとは思います。別件で数字を見たことがあるのですが、日本人はリスクをとらない人が多いそうです」

強い個性は受け入れがたいと感じる傾向も

 ときに日本社会について、「均一性」が特徴としてあげられることがあった。

 ほんとうは多様性を持っている。一人一人、個性があって、異なる内面を持つ。

 でも、それが見えにくい状況がある。見えにくいから、はっきりした個性が打ち出されると、日本人はそれを受け入れがたいと感じてしまう傾向も見られた。

 スポーツの世界も例外ではない。だから、自分を覆い隠すように自重を強いられることもあった。

 でも、少しずつ変化も見られる。例えば、「意見を言うのはためらわれます」と語る選手も少なくない中、東京五輪の開催について自身の意見をはっきり打ち出す選手がいる。

 あるいは、趣味や持ち物などへのこだわりを示す選手もいる。以前なら「派手に見えるかな、おかしいと思われるかな」とためらっていたであろうことを、自然体でできる選手が増えた。

 ただ、まだどこかしらに、多様であること、一人一人豊かな違いを持っていることが理解されていないという思いを抱き、そのために悩む選手もいる。

 個々に違う、言い方を変えれば、個々を捉えるという視点とは対照的なことも起きた。

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