2月27日・28日に大阪で開催される『CASTLE ATTACK』でNEVER無差別級の防衛戦をおこなう棚橋弘至

2000年代、人気も売上も低迷していた「新日本プロレス」。だが地道なPR活動で団体を立て直し、近年のブーム再燃に結びつけた看板選手が棚橋弘至だ。この数年は度重なる怪我で満身創痍の状態だったが、2021年に入って『NEVER無差別級』の王座を獲得。

一方、コロナ禍で「新日本プロレス」は観客動員数が減少し、低迷期以来の厳しい状況に立たされている。そこで今回は棚橋に、自身と新日の現状についてインタビュー。取材中に飛び出した「レスラー人生の終活を考えている」という言葉の真相などを訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

プロレスの存在意義に悩んだコロナ禍

──新日本プロレスは2020年、3月から約3カ月間試合を中止し、6月に無観客試合、そして7月から観客を入れた興行を再開しました。当時の心境はどのようなものでしたか。

コロナ禍にやらなきゃいけないくらい、みなさんにとってプロレスは必要なものなのだろうかと考え込みましたね。こんなに大変なのに、プロレスをやっていて良いのだろうかって。でも衣食住に関係なくても、人間の生活になくてはならないものってあるはず。自分の好きなことが充実してこそ人生が豊かになると思ったんです。

──思い悩んでいたけど、打破できるものがあったわけですね。

そうなんです。そして、苦しい状況をプロレスという競技になぞらえました。プロレスって苦しくても、何度やられても、あきらめずに反撃に転じて勝利を目指すもの。プロレスを見てもらって、日常生活のエネルギーにして欲しかった。現在は「今だからこそプロレスなんだ」と思うようにしています。

ありえないことを実現させて、希望を作りたい

──最近の棚橋さんのコメントで興味深いことがあって。1月4日の「東京ドーム」での試合後、「自分は選手としてのピークが過ぎたかもしれない」とおっしゃっていましたよね。ほかにも「飯伏(幸太)のような旬なレスラーをつなぎとめる権利は俺にはない」というコメントなど、もしかして棚橋さんのなかで自分の終焉期ができているんじゃないかと思ったんですが。

おっしゃる通りなんです。確かに引き際を見据えているところはあります。膝のコンディションにも不安を抱えているし、あと何より上(先輩選手)が詰まっていたら下が伸びないプロレス界の歴史がある。

かつて、スター選手がゴソッと抜けて「棚橋弘至と中邑真輔しかいないぞ」となった歴史があったじゃないですか。だからこそ僕らは上へいけた。集客面では人気選手が長く続けてくれた方が良い。でもそれが続きすぎると団体自体の代謝が悪くなるんです。

──そこまで考えているんですね。

飯伏や内藤(哲也)は今が旬だし、もう僕がしゃしゃり出て行かなくても「新日本プロレス」は十分じゃないかなと思った。でも一方で、コロナで再び厳しい時代が来てしまった。「棚橋、また頑張れよ」と言われている気がして。目が覚めたところがあるんです。

リングでの棚橋弘至選手(提供:新日本プロレスリング)

──棚橋さんは、新日本プロレスの人気を復活させた立役者と言われていますし。

レスラーの本懐としては常にチャンピオンを目指したい。NEVERのベルトは獲得できたけど、それでも今の棚橋がIWGP二冠に絡んでいく姿は誰も想像できないはず。そういうありえないことを実現させたいんです。ありえないことを起こして、「コロナで苦しい状況だけど、何事も良くなる」というイメージをみんなに与えたい。希望を作りたいんです。

──自分のなかでエンディングを作ろうとしていたけど、心境が変わってきたわけですね。

そう。終活をしようと思っていたけどね。あとIWGPヘビー級のベルトを過去8回獲っているし、もうすぐで節目の10回。ベルトを10回巻きたいんです。でもそのためには9回目の防衛戦で負けなきゃいけないんですけどね(笑)。ただ、今年は9回目のベルト戴冠に向けて動いていきます。

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