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上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・日本コロナ禍、東アジアで死者最多、経済のダメージも大きい。

・コロナ無症状感染者に心筋炎の所見。

・心筋炎は心臓病のリスクを高める可能性がある。

 

欧州で新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染拡大が進んでいる。スペインでは首都マドリードの一部の地域でロックダウン、フランスでは屋外でのイベントの入場者制限、午後8時以降の屋外での酒類販売と飲酒の禁止、英国では飲食店の深夜営業禁止や在宅勤務が推奨されるようになった。

欧州各国が、このような対応をとるのは、秋から冬へと向かい、コロナの流行が加速すると考えているのだろう。適切な対応と考える。

日本の対応は対照的だ。918日にGo Toトラベル」の東京発着旅行を解禁19日にはイベント制限を緩和したし、10月からは海外との渡航制限も一部解禁するという。朝日新聞は923日朝刊の一面トップに「全世界から入国、来月再開 観光客除き1日1000人程度 留学生は全面解禁 政府検討」という記事を掲載している。

日本政府が経済対策を重視するのは、日本の経済を不安視しているからだろう。表1は世界各国の人口当たりのコロナ死者数と46月のGDP成長率対前期比を示したものだ。日本の人口あたりのコロナの死者数は韓国の1.6倍、中国の3.6倍、台湾の40倍だ。一方、46月のGDP成長率は中国より11.1%、台湾より7.3%、韓国より4.6%も低い。

東アジアの中で日本は死者が最も多く、経済的ダメージはもっとも強い。一人負けだ。このデータを見る限り、日本型モデルが成功したなどと言うことはできない。エビデンスに基づく、冷静な議論が必要だ。

▲写真 コロナ検温(イメージ) 出典:Pixabay; Vuong Viet

ところが、エビデンスに基づかない議論が横行していることは、現在もかわらない。例えば、最近は「コロナは感染しても大部分は軽症」ということを強調する専門家が多く、厚労省も、コロナをSARSなどと同じ感染症法の2類相当」から、季節性インフルエンザと同じ「5類相当」に規制を緩める方針だ。

たしかに、流行当初のように感染者全てを強制的に入院させるのは、医学的に妥当でない。だからといって、コロナを軽視すべきではない。それは、最近の研究により、コロナは発熱や倦怠感などの臨床症状と重症度に乖離があることがわかってきたからだ。

たとえば、97日、韓国の医師たちは米CHEST』誌に、10人の無症状感染者に胸部CT検査を実施したところ、全員に異常陰影が確認されたと報告した。胸部異常陰影とは肺炎を意味する。進行すれば、呼吸不全となり、命に関わる。肺炎と診断されると、普通は入院治療を要する。ところが、患者は無症状だったという。コロナには臨床症状と重症度に大きな乖離があるようだ。

さらに911日、米オハイオ大学の医師たちは『米医師会誌(JAMA)心臓病版』に、コロナに感染したサッカーやフットボールなど大学の運動競技選手26人の心臓を調べたところ、4人に心筋炎の所見を認めたと報告している。この研究では12人が軽症、14人が無症状だった。

心筋炎は、ウイルス感染によるものが多く、通常は倦怠感などの症状を伴う。不整脈を合併することが多く、時に突然死する。診断されれば、普通は集中治療室に入院して、不正脈を継続的にモニターされる。ところが、感染者は軽症か無症状で、心臓に関する特別なケアは受けていない。助かったのは運が良かっただけかもしれない。

世界では、どうすればコロナによる突然死を防げるか議論が進んでいる。注意すべきは心臓だ。米『サイエンス』誌は918日号に「精査が進むウイルスによる心筋障害」という記事を掲載した。

この中で、前出のオハイオ大学の研究以外にも、独フランクフルト大学の医師たちが、MRIを用いて、100人のコロナ感染者の心臓を評価したところ、78人で異常陰影を確認し、60人では活発な炎症所見を認めたと報告している。

現時点で、このような所見の臨床的な意義や病理メカニズムは十分に明らかになっていない。コロナは全身に強い免疫反応を引き起こすため、生存者は心臓の炎症のリスクが高まるのかもしれない。あるいは、コロナはアンジオテンシン変換酵素2ACE2)受容体と結合して細胞に侵入するが、この受容体は心筋細胞に多く発現しているため、心筋に感染しやすいのかもしれない。

さらに、他のウイルスでも同様の所見を呈するが、コロナほど調べられていないだけで、心筋の異常所見は臨床的な意義は低い可能性も否定できない。この場合、これまでの議論は杞憂ということになる。このあたりを明らかにするには、今後の臨床研究の結果が出るのを待たねばならない。

では、現在、我々はどのように対応すべきだろうか。心臓は生命に関わる臓器だ。慎重に対応すべきである。世界は、この方向で議論が進んでいる。例えば、918日、米国小児科学会は、コロナ感染から回復し、運動を再開する際には心電図検査が必要と勧告している。

また、コロナは長期的な後遺症を残すことが知られている。心筋の炎症を呈した例が数年後に心臓病のリスクを高める可能性がある。『サイエンス』の記事に登場する英国の聖バーソロミュー病院のサム・モヒディン医師は、心筋炎の所見を呈したコロナ感染者の長期予後を調べて、免疫系の異常との関連を調べる研究を準備しているという。

これが世界の現状だ。「コロナは風邪」など、暢気なことを言っている人はいない。長期合併症が重大であることがわかり、如何にして予防するかに関心がシフトしている。一方、日本の状況はお寒い限りだ。厚労省は、924日に長期合併症の実態調査を開始する方針を明らかにしたばかりだ。

なぜ、こうなるのか。日本のコロナ対策が公衆衛生一色で、患者視点での臨床研究が軽視されているからだ。

コロナは多様な臓器をおかし、長期的な合併症を引き起こす病原体だ。普通の風邪とは違う。未知の点が多く、軽症患者といえども、長期的にどうなるかはわからない。国民は、コロナを不安視している。だからこそ、政府が音頭をとって経済施策を打っても、その効果は限定的となる。

日本経済が復活するには、国民が安心しなければならない。そのためには、国民に正確な情報を伝えることだ。現在、求められているのは、正確な感染者数を明かすと同時に、患者視点に立った長期的な対策を打ち立てることである。日本のコロナ対策は見直しが必要だ。

▲表

 トップ写真:マスク 出典:Pixabay; Ирина Ирина

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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広


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