「空港」や「飛行機」ということばには、これから新たなところに向かうというワクワクする響きがある。

ところが、いま航空会社を取り巻く環境はかつてない厳しいものだ。新型コロナウイルスの感染拡大で各国が入国制限を強化。世界中で人の動きがストップし、航空需要は文字どおり“蒸発”した。

コロナとの共生=ウィズ・コロナの時代がやってくるとも言われる中、航空会社はいったいどうやって生き残るのか。ANAのトップに聞いた。(経済部記者 加藤ニール)

人が消えた空港

大型連休に取材で訪れた羽田空港。

例年ならば、海外旅行に向かう人、家族の待つふるさとに帰省する人などで、ごった返す時期だ。

ところが、ことしは異様な光景に。旅行者の姿がほとんど見られない。

さらに接客に当たるANAの空港スタッフは、感染防止のために手作りしたフェイスガードを付けて対応にあたっていた。緊張感が伝わった。

ことしの大型連休の間(4月29日~5月6日)、国内の航空会社を利用した人は、国内線で12万4000人。去年の同じ時期と比べると95%余りもの大幅な落ち込みだ。

国際線に至っては8800人。去年の実に100分の1だ。

災害など、常にイベントリスクが伴う航空業界。

しかし、ANAホールディングスの片野坂真哉社長(64)も、ここまで一気に乗客が減る事態は経験がない。

ANAホールディングス 片野坂真哉社長
「中国・武漢から報告があった瞬間から、これは大変だぞと。これまでにSARSや金融危機(リーマンショック)、アメリカの同時多発テロなど、さまざまなリスクを経験をしてきましたが、その影響は特定のエリアに限られていました。今回は全く違って、瞬く間に世界中に広がり、影響の大きさは、これまででトップだ。航空は人の移動が要のビジネスなので、世界中の航空会社が甚大な影響のまっただ中にあります」

飛躍の年のはずが…月1000億円減収

本来、ことしは日本の航空業界にとって“飛躍の年”となるはずだった。東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政府は首都空港の機能を強化。

特に羽田空港は、ことし3月末に、国際線の発着枠が大幅に拡大された。これに合わせてANAは、新たに国際線の専用ターミナルをオープンし、訪日客を取り込む戦略を描いていた。だが、この新ターミナルも、ほとんど使われることもなく、わずか2週間で閉鎖に追い込まれた。

片野坂社長
「オリンピック・パラリンピックを控えたことしは、航空会社全体が成長できるチャンスだった。しかし、航空需要の激減で、この3月、4月に国際線は9割、国内線も7割から8割以上を減便。マクロで見て航空需要は半減した。今年度の業績予想は算出できていませんが、ANAでいえば、毎月1000億近い減収となり、もしこの影響が1年続けば1兆2000億円の減収になる」

V字回復は楽観的すぎる

政府は5月14日、東京や大阪などを除いた39県で緊急事態宣言を解除。海外でも経済活動を再開する動きが見られる。しかし、片野坂社長は影響の長期化は避けられないという。

片野坂社長
「国内の収束時期の想定として、当初は、5月末というのを1回おきました。しかし、1か月もたたないうちに、ああこれは収まらないなということで、次は、8月末。8月はお盆があるので、7月と8月にコロナが収まっていないとみるのは、航空会社にとってかなり慎重で悲観的な見方です。この夏の回復はないというスタンスで臨んでいます」

さらに旅客収入のおよそ半分を占める国際線も含めて、需要全体が元に戻るまでには、1年近い時間が必要だと見る。

片野坂社長
「いきなり全世界同時に復活はないだろう。たとえ8月末に日本では感染が一段落し、海外でも一部開放となっても、需要がV字回復すると見るのは、楽観的すぎる。やはり穏やかな回復になっていく。今年度末(=来年3月末)の時点でも、国際線では5割、国内線でも7割ぐらいの需要回復にとどまると慎重に見ている。完全な回復は、来年のオリンピック・パラリンピックの前ぐらいではないでしょうか」。

生き残りの覚悟

長期戦を見据えて対応を進めている。

(1)大幅な減便・運休。ほぼすべての便で、採算ラインと言われる「搭乗率5割」を下回る中、5月末までの運航計画では、国内線で85%、国際線で93%の運休・減便にまで踏み込んだ。交通インフラとして、離島や新幹線などの代替手段がない地域など、最低限の路線は残した。

(2)人件費の削減。グループの社員をひと月当たり数日程度、一時的に休業させる一時帰休を導入。当初、6400人だった対象は、5月末までに4万2000人にまで拡大する計画だ。グループ全体の9割にあたる。

(3)旅客機を貨物機に転用。少しでも収入を確保するために旅客機を臨時の貨物便に転用している。かつてない奇策に出た。運ぶのは、いま、需要が高まっているマスクなどの医療物資。

ふだんなら私たちが座る座席にマスクの入った段ボールがシートベルトで固定されていた。

手荷物の収納スペースにも搭載。貨物による収入は旅客と比べると少ないものの、今後、運航を増やす方針だ。

片野坂社長
「やはり空の安全を守るビジネスなので、社員が感染の不安とか、あるいは雇用の不安を抱えて仕事するのはいちばんよくない。まずは、社員に向けて、雇用を守るという宣言と、資金繰りもどのようにやっていくのかメッセージを出しました。収入が全くない中、給与や賃料、機材費など固定費は出ていくが、4月には民間銀行や政府系金融機関から9500億円の融資や融資枠の確保にめどを付けました。非常に厳しい環境の中で社員も頑張っている。今後も具体的なアクションを取ってコロナの危機においても、自分の足で立って、生き残っていくという覚悟でいます」

ポスト・コロナは?

感染対策のために世界中で“ステイホーム”が求められる中、多くの人が仕事はテレワーク。オンライン飲み会、オンライン帰省も経験した。以前のように飛行機に乗る生活は果たして戻ってくるのだろうか。

片野坂社長
「多少、希望的観測ではありますが、やはり飛行機を使った移動のエネルギーというのは、間違いなく減ってはいかない。外出規制で、これだけ外に出たいという人間のエネルギーが分かった。やはり皆さん、自分の故郷に帰省したいし、海外の観光地にも行きたい。仕事でも、相手企業を自分の足で訪問することは、ビジネス上欠かせない。再び経済や貿易、文化、人や物の交流に必ず貢献できると思っています」

「ただ、これまで快適性やスピード、定時運航が大事だった航空ビジネスに、健康という要素が加わってくると思います。健康をモニターするサーモグラフィーなども普及するし、個人情報を守りながら利用客の健康データの活用も起きてくると思います。いかに健康で快適な移動ができるのかを目指す方向に向かっていく」

どう耐えしのぎ テイクオフにつなげるか

私は以前、関西空港の支局で勤務した経験がある。

2014年にはアフリカで広がったエボラ出血熱、2015年には韓国で広がったMERSコロナウイルスの対応を空港で取材した。旅行者が減り水を打ったように静まり返った空港の光景が脳裏に焼き付いている。

当時は影響が国際線に限られ、期間も一時的で、すぐにV時回復を遂げた。しかし、今回は、全く比較にならないくらいの影響を肌で感じる。

ANAは、そして航空業界は、この苦境をどう耐えしのいで再びテイクオフできるのか。収束後には、どんな世界が待ち受けているのか。引き続き取材したい。

経済部記者
加藤ニール
平成22年入局
静岡局、大阪局を経て
現在、国土交通省担当

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