誤解を恐れずに書くと、本書は突っ込みどころ満載。それでも、読み終わってみると、世界が広がったように感じた。不思議な本だ。

著者は投資銀行、ベンチャー資本、国際開発、放送ジャーナリズムと多彩な職業キャリアを持つインド系の英国人女性。150カ国ほどを訪れた体験を基に、101の国の価値観を短い単語で切り取り紹介している。日本=『敬意』、米国=『起業家精神』、中国=『実利主義』、フランス=『抗議』、スペイン=『楽しむ』、エジプト=『ユーモア』、ウクライナ=『自由』、英国=『不動』といった具合だ。

冒頭に突っ込みどころ満載と書いた理由は、お分かりだろう。例えば、多民族国家であり、しかも分断が指摘されている米国を一言でくくれるはずがない。日本でも通勤電車に乗ると、『敬意』を欠く乗客を目にしない日はない。同僚の外国人(日本に帰化した者を含む)に出身国に関する記述を読んでもらったところ、同意や前向きな感想もあったが、「ステレオタイプに過ぎる」という指摘が多かった。

これは、私の「お題」の出し方が悪かったと反省している。出身国と日本、それに興味のある国を選ばせ、PDFで送ったため、せいぜい数カ国分しか読んでいないのだ。もっと読み進めれば、肯定的な意見が増えただろう。

本書が取り上げた国のいくつかを紹介してみよう(カッコ内の概要は本書からの引用)。

▽セネガル(首都ダカール、人口1630万人、面積は日本の半分)=『手放す』
著者はセネガルから出国するため空港に着いた時、パスポートをホテルの部屋に置き忘れたことに気が付いた。取りに戻る時間はない。パニックに陥った。

相談した空港スタッフから返ってきたのは、滞在中に何度も耳にした「musla(ムスラ)」。心配しなくていい、深刻に考えない、という意味の言葉だ。連絡を受けたホテルの従業員がパスポートを空港に届けるまでの間、セキュリティ、パスポート管理、チェックインなどのスタッフが著者を取り巻き、からかったり冗談を言ったりして過ごしたという。

こののんびりした精神を著者は、こう説明する。

世界有数の長い内戦を経験したので、不必要なもめごとを毛嫌いする傾向が強いのです。
セネガルののんきな文化は、万人向けではないかもしれません。

遅刻は当たり前だし、横断歩道と信号機は規則ではなく単なる飾り。しかし、

争ったり、恨みを抱いたり、不必要に心配したりすれば、有益に使えるはずのエネルギーを無駄遣いしてしまいます。

そして、次のように締めくくる。

手放せば、人間関係を上手に築き、自分を許し、人生で本当に大切なことに集中できるのです。

▽カタール(首都ドーハ、人口280万人、面積は秋田県とほぼ同じ)=『信頼』
著者が生後3カ月の息子と妊娠中の友人を同乗させて運転中、渋滞する交差点で車がエンストしてしまった。予想したのは、クラクションが鳴り響き、怒鳴り声に脅かされるという悪夢。しかし、カタールでの経験は正反対だった。

全く知らない男性が近づいてきて、こう言った。

「困っているようですね。私の車を使ってください。僕があなたの車を修理に出してきます。電話番号と住所だけ教えてください。必ず車を返しに行きますから」。

そして、その通りに事が運んだという。もし、ロサンゼルス、ラゴス、ロンドンで同じ申し出を受けたら、

不純な動機や悪だくみがあるのではと疑ってしまいます。

しかし、カタールでは、家に鍵を掛けない、キーを付けたまま車を駐車場に残す、取引は握手と口約束で行うのが普通なのだそうだ。

今でこそ繁栄しているが、1930年代には真珠貿易の衰退と大恐慌により苦境に立たされた歴史がある。最近では2017年以降、他のアラブ諸国から外交的・経済的な制裁を科されている。

自国を信頼していない国々に囲まれたカタールは、国民の間に存在する深い信頼の泉を利用するほかに頼りがありません。

だから、

『信頼』は物ごとを動かし続ける燃料になっています。

▽モンゴル(首都ウランバートル、人口330万人、面積は日本の4倍)=『自主性』
妊娠6カ月だった著者は、ゲル(円形の移動式住居)に寝泊まりし、馬に乗るという現地の生活を楽しんだ。そして、

お腹の息子がこれまで以上に強く蹴るのを感じました。

馬にまたがり、自分の思うままに行き先を選ぶことで、赤ちゃんの活気が刺激されたと感じたという。

この生活様式は、チンギス・ハンの時代にまでさかのぼる。モンゴル帝国は最大時、世界の陸地の16%強を支配した。現在の国土はその一部に過ぎないが、モンゴルでは

他人が導く場所でなく、自分の望む場所に行きます。

現代社会では、制約の中で自身のキャリアを追求しているが、モンゴルの環境に身を置くと、異なる見方をし、行動に駆り立てられる。政府が草原の多くを無料で国民に提供していることもあり、

遊牧民の自律的で自己決定的なライフスタイルは、モンゴルの広大な草原に広がっているのです。

ここで紹介した3カ国の記述を読めば分かるように、著者はその国の価値観を自らが学ぶべき教訓として受け止めている。その意味で、本屋では自己啓発本のコーナーに置かれる本なのだろう。事実、英語版のタイトルは、“The Values Compass~What 101 Countries Teach Us About Purpose, Life, and Leadership”(価値観の羅針盤~目標、人生、リーダーシップについて101の国が教えてくれるもの)だ。

しかし、どう読むかは、人それぞれでいい。私は、行ったことのある国をピックアップし、「確かにそうだよな」とか「それは違うんじゃないか」とひとりごちた。あるいは未知の国、例えばバスケットボール八村塁選手のルーツであるベナン=『礼儀正しさ』を目次で見つけ、「どんな国だろう」と好奇心をかき立てられたし、陽気なレゲエのイメージしかないジャマイカ=『規律』に「なんで」と思った。

新型コロナの影響で、世界中が半ば鎖国状態にある。本書を手に、行き当たりばったりの海外旅行をしてみてはどうだろう。

『世界を知る101の言葉』

DR・マンディープ・ライ(著)、鹿田 昌美(訳)
発行:飛鳥新社
A5判:360ページ
価格:1980円(税込み)
発行日:2021年5月25日
ISBN:978-4-86410-760-0

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