これまで世界各地を旅してきた旅行作家・下川裕治さん。長年続く連載の中から、今回は、アジア各国で出合った「日本」を集めました。なかには思いもよらず遭遇したものも。音声付きの長編動画では、漬物や電車の話題で盛りあがります。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

(写真:中田浩資)

アジアに刻まれた日本

予定していた「沖縄の離島の路線バス旅」は、新型コロナウイルスの影響で掲載が延期。長年続いているクリックディープ旅の連載のなかから、もう一度見たいシーンや未掲載シーンを、エリアや取材時期を問わずにピックアップしたシリーズを。

今回はアジアに刻まれた日本。太平洋戦争以前に残された日本、そして戦後、海を渡ってアジアに息づく日本を。台湾、シンガポール、マレーシア、ミャンマー、インドネシアから紹介します。

長編動画


台湾の南部。枋寮(ファンリャオ)から台東に抜ける道筋の風景をバックに、僕と中田浩資カメラマンが語り合うアジアのなかの日本の風景を楽しんでください。この道に沿った線路を、古い日本の車両も走っています。

音声はテレワークでよく使われるアプリZoomを利用して録音しました。

台湾の西海岸、汶水渓(ウェンシュイシー)という川に沿った道をさかのぼっていく。もう先には道がないという谷のいちばん奥にあるのが警光山荘。ここは日本統治時代、日本人警察官の保養所としてつくられた温泉が、地元の人向けの共同浴場になっていた。建物や内部はそのまま。まったくの日本。風呂は男女に分かれ、裸になって入るのも日本式。(2019年)

ルーローファン

魯肉飯(ルーローファン)は台湾の国民食。煮込んだそぼろ肉をご飯の上に載せた料理だ。朝昼問わずに食べることができる。1杯70円ぐらいだろうか。多くの店が魯肉飯のつけあわせに載せてくれるのが、たくあん。日本ではあまり目にしなくなった黄色く甘い味。日本統治時代に持ち込まれた味が、台湾の庶民食を支えている。(2017年)

駅弁

日本の列車旅には欠かせない駅弁。台湾にもその文化が残っている。主だった駅で売られているのが薹鐵便當(タイティエビェンタン)。駅弁である。「高雄駅では八角形排骨便當を買わなくちゃ」などと名物駅弁を買いに走る光景も日本と同じ。ただし日本に比べると肉類が多く、カロリー高め。ずっしりきます。(2019年)

鳥居

鳥居は日本軍の象徴。戦後、神社とともに多くがとり壊された。台湾に残った鳥居は多くないが、いまやそこがインスタスポット。ここは台湾中部の埔里(プーリー)市内。近くに着物のレンタルショップまであり、着つけもしてくれるという。「いま日本にいます」などと友だちを驚かすつもり?(2019年)

北海道民宿

ここが台湾だと誰も思わない? どう見ても安い学生下宿? 台湾では残った日本風民家を修理し、民宿にするのが盛ん。4畳半の畳部屋に布団を敷いて寝るのがレトロ。ここは台湾北部。菁桐(ジントン)の「北海道民宿」。北海道とはなんの縁もありません。台湾人に人気だからという理由。商売です。(2013年)

住宅街

台湾の街を歩いていると、ときに懐かしい風景にはっとする。ふっと足を止める。あたりを見まわすと、必ず日本風家屋がある。戦前に建てられた家を使っているのだ。ここは宜蘭(イーラン)の住宅街。見ると「五福眼科」という看板が。戦前、診療所として建てられたものを台湾人医師がそのまま使っているとか。日本が溶け込んでいます。(2017年)

鍵

菁桐にあった「皇宮茶房」という店でひと休み。ここも日本風家屋をリノベーションしていた。ふと縁側のガラス戸を見ると……。子供の頃、住んでいた家の鍵と同じだった。一気に時間がさかのぼる。店内で流れていたのは、「となりのトトロ」。いったい僕はどこにいる? 台湾ではときどきそんな感情移入に戸惑います。

テレサ・テンの墓

戦後の台湾も日本とつながる。台湾生まれの歌手、テレサ・テンの墓は、台湾の金山に近い金宝山の墓地に。彼女のファンは、香港や日本にも多い。墓地にはスピーカーがあり、好きな曲を選ぶと、日本語の歌も流れる。実は彼女のファンで、年に1回は、台北から2時間ほどかかるここを訪ねている。私ごとですいません。(2012年)

消防署

シンガポールには日本人町があった。発端は「からゆきさん」。その数は、日露戦争の頃には700人を超えていたという。日本人町は、売春街が先導する経済構造に支えられていた。古地図を頼りに街を歩く。旧日本人学校、旧日本領事館……。写真は現在の消防署。この場所に、日本人町の消防署もあった。(2013年)

日本人墓地

マレーシアのクアラトレンガヌ。マレー半島の東海岸にあるこの街にも日本人町があった。日本人墓地を訪ねた。そこで探したのは、テレビドラマ「怪傑ハリマオ」のモデルになった谷豊の墓。この街の生まれだった。彼はマレーシアに進軍した日本軍の諜報(ちょうほう)活動を行っていた。父や妹の墓は見つかったが……。(2013年)

ディーゼル気動車

ミャンマーのなかの日本。それはゆがみ、雑草に覆われた線路の上を走っていた。日本から譲渡されたディーゼル気動車だ。ミャンマーは日本の中古車や中古バスの王国。ボディーの日本語ロゴもそのまま残っている。だからディーゼル気動車も? この列車はダゴン大学行き。多治見行きではありません。(2016年)

涅槃仏

ミャンマー北部のミッチーナ。ここで出合った日本は大きな涅槃(ねはん)仏。元日本人兵士たちが寄付したものだった。この街は第2次世界大戦の激戦地。連合軍は、日本軍と戦う中国の国民党への物資や武器輸送路、援蔣ルートをつくる。それを断ち切ろうとする日本軍との悲惨な戦闘。いまはミッチーナの人々が手を合わせる。(2016年)

ホーム

インドネシアを占領した日本は、その鉄道を整備した。線路幅は日本と同じに。これが戦後、日本とインドネシアを結ぶことになる。首都ジャカルタの交通網は日本の援助で電化が進み、日本から電車が譲渡された。しかし日本の電車は車高が高い。で、こんな可動式の階段がホームに登場。(2012年)

シューマイ

インドネシアの列車旅。スマトラ島のメダンからランタウ・プラパットへ向かう列車に乗った。発車して間もなく車内販売。耳に届く「シューマイ」の声。「シューマイ?」。買ってみると、日本のシューマイでした。でも、たれはからしじょうゆではなく辛いサンバルソース。つけて食べてみた。意外といけます。発見でした。(2017年)

エアコン

インドネシアの列車に乗り、ふと天井を見る。「ん?」。シャープのロゴが入ったエアコン。現れた車掌がリモコンをオン。冷房のなかった車両に、家庭用エアコンをとりつけてしまう荒業です。ダクトは壁をはわせ、室外機は車両の下に。カンボジアの列車もこの方式を採用していた。エアコンはナショナルでした。(2017年)

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【次号予告】次回はアジアの国境。

※価格等はすべて取材時のものです。

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BOOK

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12万円で世界を歩くリターンズ
[タイ・北極圏・長江・サハリン編] (朝日文庫)
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朝日文庫
3月6日発売
定価:770円(税込み)

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【タイ・北極圏・長江・サハリン編】」 (朝日文庫)。

  • 中田浩資

    1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。

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