アメリカの首都で「道草」【上】

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△雪景色の中を力走するMARCのブルンズウィック線の列車=アメリカ・メリーランド州で筆者撮影

 新型コロナウイルスの感染者数が世界最大のアメリカにあって感染リスク低減に努めており、昨年12月に米国に来てから「乗り鉄」を含めた遠出を控えている。しかし、首都ワシントンの中心部にあるオフィスに出勤するのに地下鉄のワシントンメトロ(詳しくは前号「またまた『川崎さん』!」を利用するのは全く問題なく、乗客がまばらな列車内は3密(密閉、密集、密接)を確保できている。そこで、たまにはワシントンメトロだけではなく、「道草」をして近郊鉄道の乗り鉄も楽しむことにした。

△MARCの路線図。一番左に記された路線がブルンズウィック線=メリーランド州で筆者撮影zoom

△MARCの路線図。一番左に記された路線がブルンズウィック線=メリーランド州で筆者撮影

 ▽静まりかえる首都

米国の政府機関は在宅勤務を広く採用しているため、ワシントンは平日でもかつてでは信じられないほど静まりかえっている。通勤や通学に使われる列車も、本来ならばラッシュ時間帯の朝や夕方でも満員とはほど遠い。よってソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)をしながら座席に腰掛けられる。

 また、アメリカでは新型コロナ感染拡大防止のために離れた州をまたいで移動した場合、国内であっても一定期間の自主隔離期間を課される。だが、コロンビア特別区とメリーランド、バージニア2州は首都圏として一体的に運用されているため自由に行き来できるのだ。私も昨年12月以来、米国で足を踏み入れたのは勤務先の支局があるコロンビア特別区、家を借りたメリーランド州、ワシントンに隣接するバージニア州だけだ。

 このように新型コロナ禍に留意しながらも、通勤途中に乗り鉄をできることに着目したのがメリーランド州運輸局の所管する近郊鉄道「MARC」だ。本来ならば勤務先の最寄り駅であるワシントン中心部のワシントンメトロのメトロセンター駅からメリーランド州ロックビル市にある拙宅の近くの駅までレッドラインの電車1本で行き来できるところを、あえてメトロと乗り継ぐ途中でMARCを利用するのだ。いわば正三角形の1辺を移動するところを、あえて2辺を通って通勤するという方法だ。合理性は欠くものの、地下鉄とは異なり全区間地上を走る近郊鉄道を通勤という目的を持って利用し、未知の車窓を満喫できるのは決して悪くはない選択肢だ。

△スマホアプリで買ったMARCの切符=ワシントンで筆者撮影zoom

△スマホアプリで買ったMARCの切符=ワシントンで筆者撮影

 ▽最終列車は午後6時20分発

MARCは3路線あり、いずれも全米鉄道旅客公社(アムトラック)などが乗り入れるワシントンの玄関口、ユニオン駅を発着する。ウェストバージニア州と結ぶブルンズウィック線、メリーランド州の大都市ボルティモアとそれぞれ結ぶペン線、カムデン線がある。このうちブルンズウィック線が私の家に比較的近いロックビル駅に停車するため、オフィスからの帰りに利用することを思いついた。

列車を探すためにダイヤを見て唖然とした。新型コロナ感染拡大に伴って日本では首都圏の電車の終電が繰り上げられたが、MARCブルンズウィック線の減便規模の足元に及ばない。最終列車が首都のユニオン駅を出発するのは午後6時20分で、しかも従来は平日に原則として1日9往復していたのが昨年3月以降は新型コロナウイルス禍で減便され、現在は1日4往復しかしていないのだ。

しかも新型コロナウイルス禍前から運転日は平日に限られ、土曜、日曜、祝日は全面的に運休している。これが国内総生産(GDP)で世界3位の日本を上回り、世界首位のアメリカの首都を駆ける足の実態なのだ。

△ユニオン駅近くから撮った連邦議会議事堂=ワシントンで筆者撮影zoom

△ユニオン駅近くから撮った連邦議会議事堂=ワシントンで筆者撮影

 ▽1日4往復でも「仕方ない」!?

 メリーランド州の沿線に住むアメリカ人に聴くと、「それは仕方ない。だって利用者の大部分を占める政府機関従業員の大半が在宅勤務になっているのだから、利用者がいないじゃないか」と意外なほど物わかりがいい。

調査機関のガバメント・ビジネス・カウンシルが昨年9月にアメリカの政府機関関係者に実施した調査で約4分の3が在宅勤務をしており、全面的に在宅勤務をしている人が63%に上った。しかも在宅勤務者のうち20%近くは少なくとも1年間は在宅勤務が続くとの見通しを示し、2カ月以内にオフィス勤務に戻るとの回答は10%にとどまった。

政府機関が旗振り役となって率先して在宅勤務を採り入れた結果、官庁都市のワシントンが“空洞化”したというのが今日のアメリカの状況なのだ。翻って日本では中央省庁官僚の知人によると、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下でも官僚たちは東京・霞ケ関で昼夜を問わず働く“通常運転”だという。列車の大幅減便は見習ってほしくないが、感染拡大防止に向けた対応では学ぶことが多そうだ。

△ユニオン駅舎の風格漂う外観=ワシントンで筆者撮影zoom

△ユニオン駅舎の風格漂う外観=ワシントンで筆者撮影

 ▽乗車にスマホのアプリ

MARCブルンズウィック線の最終列車の出発は、何しろ午後6時20分だ。支局を出る前に腕時計を眺め、「今日は間に合わないな」とあきらめた日が何日かあった。そしてついに、その日は訪れた。午後4時前に帰路に就くことができる。これならば、ユニオン駅午後4時25分発の始発電車(!)に間に合う。

 普段ならばワシントンメトロのメトロセンター駅からシェイディー・グローブ(ロックビル市)行きの電車に乗り込むところを、反対方面のグレモント(メリーランド州グレモント市)行きで3駅先のユニオン駅へ。道中で、私はメリーランド州運輸局の公共交通機関に乗る際の切符を買えるスマートフォンのアプリ「チャームパス」でMARCのユニオン駅からロックビル駅(ロックビル市)までの片道6ドルの切符を買った。

△ユニオン駅の列車の発車案内画面=ワシントンで筆者撮影zoom

△ユニオン駅の列車の発車案内画面=ワシントンで筆者撮影

 ▽列車は既に「搭乗中」

地下鉄を降りてエスカレーターで屋外に出て、首都の玄関口にふさわしい風格を備えたユニオン駅の重厚な石造りの駅舎に足を踏み入れた。近くには今年1月20日にジョー・バイデン大統領の就任式が開かれた白亜の連邦議会議事堂がある。

列車の発車案内画面を確かめると、最初の行に「午後4時25分 列車番号875番 MARCブルンズウィック線 マーティンズブルグ行き」と表示されていた。Aゲートの13番線に停車中で、利用者が既に搭乗中という。発車まであと6分、急ぎ足で向かったゲートの先には意外な“落とし穴”が待ち受けていた―。

(「アメリカの首都で『道草』【下】」に続く)

(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

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