東京、箱根・富士山、京都、大阪をたどるルートは訪日外国人に圧倒的な人気を誇りゴールデンルートと呼ばれる。日本を代表する観光地だが、でも、それだけで「日本らしさ」を満喫することにはならないだろう。有名観光地がなくても、「日常の日本」を観光資源として外国人を魅了する地方都市・飛騨古川の試みを紹介する。

「ケアンズのような世界的な観光都市にしたい」

岐阜県飛騨市の古川地区で観光コンサルタント会社「美ら地球(ちゅらぼし)」の代表を務める山田拓(やまだ・たく)は、大真面目に考えている。

ケアンズはオーストラリアの北東部にあり、グレート・バリアリーフ(サンゴ礁)とキュランダ(世界最古の熱帯雨林)という2つの世界遺産を擁する国際的な観光都市。かたや、飛騨古川は、日本人ですら知らない人が多いほどの地味な地方都市だ。

なにしろ、仏・ミシュランで日本で必見の観光地として3つ星を獲得している高山市と、世界遺産の白川郷の間に挟まれた、陽の当らない高層ビルの谷間のような場所だ。わざわざ古川観光に1日を使おうなどという奇特な海外ツーリストは皆無だった。

よそ者の山田が古川にやってくるまでは。


クールな田舎をプロデュースする「美ら地球」代表の山田拓さん(筆者提供)

山田が目指すのは「クール(かっこいい)な田舎をプロデュースする」ことだ。一見何もない田舎の日常こそが、日本にやってくる外国人を引きつけ、日本の魅力を伝えるメディアになると確信している。

「何もない」が魅力

「美ら地球」が提供するサービス「飛騨里山サイクリング」には、年間5000人を超える利用者がいる。その7割近くが外国人だ。外国人ツーリストが、人気のブランドのマウンテンバイク・ルイガノにまたがって、飛騨古川の街中を駆け抜けていくのは、すっかり日常の光景となっている。

飛騨古川の日常の光景となった里山サイクリング 写真提供 : 飛騨市観光協会
飛騨古川の日常の光景となった里山サイクリング 写真提供 : 飛騨市観光協会

飛騨古川には、国宝や重要文化財に指定された城や寺があるわけではない。著名な画家の作品を収蔵する美術館もない。里山サイクリングで巡るのは、地元の人にとってはごくごく当たり前の生活空間だ。それでも、世界規模の口コミサイト「トリップアドバイザー」には、英語で900件以上の投稿があり、ほとんど5段階評価の最高点を付けている。その投稿をチェックして、また、新たなツーリストがやってくる好循環ができている。

実は、「何もない魅力」を“売り”にする発想は、山田の実体験に基づいてる。

山田は奈良県生まれ。子どもの頃から海外に憧れ、横浜国立大学大学院を修了後、米国のコンサルティング会社に就職した。念願の米国勤務では、英語力を磨いて徹底的に仕事をした。しかし、「もっと広い世界を見たい!」と、30歳を前に退職、妻の慈芳(しほ)とともに、世界旅行に出た。

バックパックを背負って、南米やアフリカ大陸を中心に525日間の旅だった。南アフリカでは、馬に乗って集落を回る2泊3日のツアーに参加した。途中で立ち寄った村では、地元のおばさんが作る家庭料理を食べ、夜はその土地に伝わる民族舞踊に見入った。もちろんホテルなどなく、集落のはずれのスペースにテントを張って寝た。観光スポットはなくとも、集落の人と触れ合い、普段の生活に入り込むツアーは刺激的で楽しかった。

メキシコの南にあるカリブ海に面したベリーズでも山間の集落をめぐりった。電気も水道もない村で、ろうそくだけで一晩を過ごした。外資系のコンサルティング会社で働いていた頃は、オフィスは一晩中こうこうと電気がともり、コピーを取るのも、食事を温めるのもスイッチ一つ押せば済むのが当たり前だった。電気の来ていない村で、薪を燃やして、かまどで焼いてもらったトルティーヤは、最高においしかった。

「日本に戻ったら田舎で暮らそう」―― 旅の途中から気持ちは固まっていた。

日本の原風景・里山で暮らす

帰国後、移住先を求めてあちこち訪ね歩いたが、なかなか運命の場所に巡り合うことができなかった。

2006年8月、知人の紹介で飛騨古川で印刷会社を営む村坂有造を訪ねた。住民主体の街づくり運動に取り組み、飛騨市と合併する前の旧古川町では、観光協会会長を務めたこともある顔役的存在。村坂の案内で、白壁土蔵の美しい街並みや、ゆったりと時間が流れる里山の暮らし、豊かな自然に触れて「これこそが、日本の原風景だ。こんな場所で暮らしたい」と思った。

日本人の心の故郷ともいえるゆったりとした里山の風景 写真提供:飛騨市観光協会
日本人の心の故郷ともいえるゆったりとした里山の風景 写真提供:飛騨市観光協会

しかし、移住したいと伝えても、村坂はそっけなかった。「あなたのような若い世代が飛騨古川に来てくれるのは嬉しい。夏場の今はいいが、雪に閉ざされる冬は生活が大変だから、移住はやめた方がいい。帰りなさい」

その場では引き下がったが、飛騨古川への思いは募った。妊娠していた妻を残して、月に1~2回は古川に通った。「ここで暮らすためにはまずは、村坂さんに受け入れてもらうしかない」

印刷会社の経営者でもある村坂に響くように、「外国人向けに飛騨地方の情報を盛り込んだガイドブックを作りませんか」と持ちかけたがこれもあっさり断られた。がっかりして帰路に就き、当時の自宅である川崎に着こうかという時に、携帯が鳴った。「飛騨市の観光協会の会長就任を要請されている。もう年なので、断ってきたが、あなたがアドバイザーに就いてくれるなら受けようと思っている」

街の日常こそが最高の観光資源

山田はアドバイザーとして、飛騨古川の魅力の掘り起こしに徹底的に取り組んだ。有名観光地を回る団体旅行を誘致するのではなく、交流体験型の旅を好む欧米の個人旅行者をターゲットに絞った戦略だ。「飛騨里山サイクリング」は2009年にスタート。当初はたった3台のガイド無しのレンタサイクルからスタートした。旅行者が地図を頼りに、自分で回るだけだった。

「京都ならそれでも経営的に成り立つかもしれないが、飛騨を訪れる観光客はそんなに多くない。もっと付加価値が必要だと思って、ガイドを付けることにした」

取材に行った際、米国人4人組が参加していたツアーに同行させてもらった。午後2時、かつての城下町の面影を残す碁盤の目のように整備された白壁土蔵や酒蔵が並ぶ通りからツアーはスタートした。町を縫って流れる瀬戸川には、色鮮やかな鯉が悠々と泳ぎ、美しい景観の一部となっている。

飛騨古川の人気スポット、瀬戸川。白壁の土蔵に、宝石のような錦鯉の色が映える 写真提供 : 飛騨市観光協会
飛騨古川の人気スポット、瀬戸川。白壁の土蔵に、宝石のような錦鯉の色が映える 写真提供 : 飛騨市観光協会

ガイドの説明によれば、今では飛騨古川の人気スポットだが、もともと、観光資源として鯉を放流したわけではないという。瀬戸川が汚れていた時代に、「なんとか古川の美しい街並みを遺したい」とごみの不法投棄の防止策として、近隣住民が編み出したアイデアが鯉の放流だった。230匹からスタートした瀬戸川の鯉は、現在は1000匹前後にまで増えている。この間、川沿いに住む住民を中心とするボランティア団体が灯籠(とうろう)や鯉のエサ台設置など地道な活動を続けてきた。

飛騨地方は豪雪地帯で、冬場は除雪した雪を流す流雪溝として瀬戸川を利用する。このため、11月下旬から4月初旬まで鯉は近くの池に引越して冬を越す。引っ越し作業にも、ボランティアが協力し、冬の訪れ、春の到来を告げる季節の風物詩になっているという。

ただ「美しい街並み」を通り過ぎるのではなく、その背景にある地域住民の暮らしぶりや、気候風土まで伝えることで、ツーリストの関心はどんどん高まる。

瀬戸川と住民の関わりについてガイドが説明する(筆者提供)
瀬戸川と住民の関わりについてガイドが説明する(筆者提供)

ガイドの説明の間にも、下校中の小学生がランドセルを揺らしながらツーリストの脇を通り過ぎ、街角では近所のおばちゃんが立ち話をしている。作り込まれた観光地ではなく、日常生活の中にツアー客が入り込んでいく感覚だ。

郊外の里山地帯に向かってガイドが先頭になって自転車をこぐ。畑で農作業をしていた人が、ツーリストに気付いて「こんにちは」と手を振ってくれる。

田んぼのあぜ道で自転車を降りて、ガイドの説明に耳を傾ける(筆者提供)
田んぼのあぜ道で自転車を降りて、ガイドの説明に耳を傾ける(筆者提供)

参加者が一番盛り上がったのは、通りがかりの農家のおじさんが全員に柿をプレゼントした時だった。参加者はガイドに通訳をしてもらって笑顔で住民と言葉を交わす。その後、飛騨牛の牛舎を見学した。いまや、海外でもすっかり有名になった松阪牛や神戸牛とどう違うのか、質問が飛んでいた。

ほとんどのガイドは海外で暮らした経験があり、流暢な英語で、時には手書きの図を駆使して、飛騨古川の暮らし、伝統、文化について丁寧に説明する。3時間半のスタンダードコースで8100円と決して安くはないし、地域住民にとってはあまりにも当たり前で面白みのないことであっても、遠くから日本にやってくるツーリストにとっては、東京や大阪などの大都市では触れることのできない、日常の日本なのだ。

山田は言う。「飛騨古川だけでなく、日本は世界的に見れば、『モテ期』だ。それなのに、宝の持ち腐れをしているような気がする。日本人が脈々と受け継いできた季節感や自然観、地域資源などを商品化してもっと磨くべきだ」。

トリップアドバイザーにはこんな書き込みがあった。

「Great  Scenery, Great People, Great Guide!!」(素晴らしい景色、温かい人々、そして素敵なガイド)

外国人を魅了する地域にする際、大事なのは、わがまちが活気づくことだ。地域の人々が息づく風土こそが、最大の観光資源となる。有名な神社仏閣や国立公園がなくても、諦めることはない。

平凡な日常が最強の観光資源となる。飛騨古川の試みはいくつものヒントを与えてくれる。

クレジットソースリンク

返事を書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください