北海道の南空知地方、JR室蘭本線の沿線にある栗山町は、北で岩見沢市、東で夕張市と接していて、北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督が、自宅を構えていることでも知られています。
ファイターズがリーグ優勝したとき、栗山監督の凱旋パレードが、駅前のメインストリートで行われたのを思い出す人もいることでしょう。軽トラの荷台の上に立った、長靴を履いた栗山監督の姿は、栗山という町にすっかり馴染んでいるように見えました。
そのメインストリートの中程にあるカフェバー「くりとくら」は、以前「くらしごと」に登場してくれた高橋毅さんと石井翔馬さんが、栗山町の地域おこし協力隊の任期中に立ち上げた「オフィスくりおこ」が運営している事業のひとつです。
(お二人の記事はコチラ→なりわい!にぎわい!俺たちが栗山につくる!)
おふたりは、既に協力隊としての活動を終えていますが、現在は他にもゲストハウスなどの事業に取り組んだり、栗山町の「ふるさと納税」や、新しい地域おこし協力隊員の研修や育成業務を町から委託されていて、現役の栗山町の地域おこし協力隊も、ここを活動拠点としています。
そこに2018年から新しく加わったのが、地元栗山の出身の金谷美咲(かなやみさき)さんと、苫小牧出身の井上彩乃(いのうえあやの)さんです。
このおふたりが、新型コロナウィルスの影響で、行き場をなくした野菜の販売などに取り組もうと、新しいECサイトを立ち上げたという情報を聞きつけ、あらためて「くりおこ」に取材にうかがいました。

新協力隊員はUターンとIターン

左が金谷さん、右が井上さんです。

金谷さんは、高校生まで栗山で過ごした後、札幌の大学に進学。卒業後は札幌で旅行代理店で営業職として勤務していましたが、地元へのUターンを考え始めたときに「なんとなく知っていた」という地域おこし協力隊の制度の利用を考えたといいます。
「役場に熱い人がいるな、ってイメージはあったんです。ちょうど『メロン男子(栗山産のメロンを、町役場のイケメン職員が紹介する企画)』が始まっていた頃でした。地元に帰ったら、地域のことに取り組みたいと思っていたので、町役場関連の仕事ができることも、私の希望にも合っていました」。
一方の井上さんは、苫小牧出身で関東の大学に進学。その後、保育士などの仕事に就いていましたが、やがて北海道に帰りたいと思うようになっていたそうです。
「東京で営業事務の仕事をしていたんですけど、だんだん将来に疑問を持つようになったんです。でも、出身地の苫小牧だと仕事も職種も限られているし、もう両親も住んでいません。札幌も視野には入れていなかったんです。それで色々調べているうちに、『地域おこし協力隊』の募集を見つけたんです。『くらしごと』の記事も読みましたよ」。
栗山出身の金谷さんには、「協力隊」が地元に戻るための方法だったとして、井上さんは、なぜ栗山町を選んだのでしょうか?
「私が北海道に帰ろうと協力隊の募集を調べていた時は、北海道だけで60件くらいあったと思います。北海道出身であっても、名前を聞いても地図を見ないとどこかわからないところばかりでした。そして、いろんなところの求人を比較してみると、ミッションの具体的な内容が細かく説明されていて、圧倒的に充実していたのが栗山だったんです。やっぱり、名前も場所も知らなかったんですけど(笑)。でも、任期の3年が終わった後のビジョンも明確に提示されていたし、不安はなかったですね」。

手探りでトライした「ふるさと納税」

2018年度の栗山町の協力隊の募集の競争率は、2倍以上だったとのことですが、おふたりの栗山への想いは、見事に採用に結びつきます。
最初の一年間は「テスト」として、主に「ふるさと納税」の業務に取り組みました。
「生産者との出会いから、協力隊としての活動が始まった」と当初を振り返る金谷さん。
「まずは、返礼品を提供していただいている農家さんの挨拶まわりからスタートです。『人を知ること』から始まりました。でも、そもそも広報やPRの経験や知識がまるで無かったので、最初は苦労ばかりでした。高橋さんや石井さんからは、『ふるさと納税』をアピールするときには、ターゲットはどんな人なのか、どんな生活をしているのか、具体的に落とし込んでいくことが必要、と助言をもらったりしました」。

ChestnutsMarket2.jpgphoto by小林直樹

一方、井上さんには、また別の苦労もあったようです。
「私はそれまでの仕事が全くの畑違いだったので、不特定多数の人を対象にしなければいけないことに、まず戸惑いました。やっぱり私も、『プロモーションの対象を具体的に想定した言葉を選ぶ』みたいなことを教わりましたね。あと、農家さんのところにうかがったときには、これまで見たことがなかったような大きな農機で、スケールの大きな作業をしているところを目の当たりにすることがあって、私がそういう作業を面白がって見ていると『こういうふうに興味を持ったものを、それを井上さんの言葉で文章に書いていいんだよ』と言ってもらったことがあるんです。私は、文章を書いたり、表現するのは苦手だったんですけれど、そういう日々のアドバイスが助けになりました」。

2019年度、栗山町の「ふるさと納税」の受け入れ実績は、2億6,668万8254円。
「返礼品を発送するときには、栗山の『ふるさと納税』全体をPRする冊子を一緒に送っていて、画像付きで詳しく返礼品を紹介しています。あとは『くりおこ』のWebサイトや、協力隊のFacebookでもPRしていますけれど、まだまだ発信が弱いと思っています」と言う金谷さんの自己評価は、まだまだ満足していません。また、返礼品に求めるクオリティも、納税者の視点に立ったシビアなものでした。
栗山の「ふるさと納税」は、「くりおこ」が事業自体を受託して、返礼品には基本的に生産者や加工業者が、直接発送する流れで運営されています。シンプルで合理的に見えるシステムですが、そこで、生産者と消費者の「意識の違い」からくるトラブルが、発生してしまったこともあるそうです。井上さんの日々の業務には、そうした苦労もありました。
「農作物だと、例えばメロンやジャガイモ、タマネギといったものが発送されますけれど、農家さんは一般の『通販セット』と同じように捉えてることが多いんです。でも、納税者のみなさんは、返礼品を栗山町からのギフト、贈答品みたいに思ってくださっている。だから、商品のクオリティがクリアしなければいけないハードルが、どうしても高くなってしまうんです。だから、ちょっとしたことがクレームに繋がったりしてしまいがちです。なので、そうしたトラブルが起こらないように、日頃から農家さんには商品や梱包についてのご案内をしたり勉強会を開催したりしています」

ChestnutsMarket8.jpg返礼品と一緒に送られるお礼状も何十種類もあり、その一つ一つがパンチの効いたコメント付き。全て栗山町民が出ているんです。

新ECサイト「チェスナッツ&マーケット」

そして、2020年7月には、新規事業としてインターネットの通販サイト「チェスナッツ&マーケット」が立ち上げられました。サイトの名前には「栗(チェスナッツ)=栗山町の素材をブランディングして、販路(マーケット)に乗せていく」という想いが込められているといいます。
この通販サイトは、ふたりの協力隊員の卒業後を見越した取り組みでもありましたが、ここにもまた、新型コロナウィルスが影を落としています。
「これまでの『ふるさと納税』の取り組みでは、農家さんの軒数で30から40、若手の生産者さんの団体ともお付き合いがあります。これまで農家さんは、ルートで出荷する他に、お店や移動式の店舗で販売したり、それこそ『ふるさと納税』の返礼品にするといったルートがあったんですけれど、コロナで行き場をなくした野菜はたくさんあるし、元々、規格外品みたいなものをどう商品化するのか、といった課題もありました。コロナの影響で、ブランディングやマーケティングが定まらなくなってきたからこそ、この通販サイトができることはたくさんあると思います。こういう不透明な時代だから、実店舗よりもECの方がメリットが大きい、例えば家賃光熱費などの固定コストがかからない、というのはもちろんですけれど、それぞれの生産者が単独で通販をしようと思っても、例えばご夫婦ふたりの就農だったら、とても手が回りませんよね?そのへんを私たちがお手伝いできたらと思うんです。プロモーションはもちろん、これまでのシステムも利用して、顧客管理みたいなこともできるのも私たちの強みです。それに、通販サイトなら、情報発信をこちらからどんどんできる、というのももうひとつの強みです。例の『メロン男子』がメディアに取り上げられることが多かったりするので、そういうチャンスも積極的に利用していきたいですね」と、金谷さん。

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そして、この夏に立ち上げられたECサイト「チェスナッツ&マーケット」の商品第一弾は、おふたりの着ているTシャツでした。
「まずはこうしたグッズから始めて、アイテムも靴下、サコッシュ、みたいに充実させていきたいです。レーザープリントを利用したクラフト系のものを加えていく予定もあるんですよ。
これから、もっとアイテムを充実させていって『チェスマ(チェスナッツ&マーケット)』を『オール栗山』を象徴するECサイトにしていきたいと思ってます」。
金谷さんの語ってくれたビジョンは、さらにこの先へと繋がっているようでした。

ChestnutsMarket6.jpgくりとくらに飾られている販売中のTシャツ。クリエイトするまちとしても知られる栗山町で、デザイナーともコラボしているTシャツです。

そして、現在のおふたりの業務内容としては、「ふるさと納税」と「チェスマ」の割合は、金谷さんが「半分ずつくらい」、井上さんが「『ふるさと納税』が七割くらいです」とのこと。
特に、農家さんを訪問したり、生産者と顧客のデータ管理を行うといった作業は、井上さんの仕事です。
生産者との渉外業務といったあたりは、旅行代理店勤務当時は営業職だった金谷さんの仕事かと思いきや、営業事務職だった井上さんがそのスキルを活かしてデータを管理しているので、情報を把握している分、コミュニケーションがスムーズに取れるといいます。
地域おこし協力隊は、未経験の業務に取り組むチャレンジ精神や柔軟性を求められることも多くあります。井上さんも、全く未経験のプロモーションやマーケティング、通販サイトといった業務に取り組んでいますが、それまでの自身の経験をしっかりとミッションに活用しながら、着実に経験を積み生産者と顧客のために活動していらっしゃる様子がみてとれました。
まちおこしのために立ち上げた「オフィスくりおこ」は、次の芽であるお二人もサポートし、そしてそのお二人がしっかりまちおこしに関わるメンバーの一員として栗山町の未来を見据え、新規事業を運営していっているのです。

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協力隊卒業、そして栗山での定住へ

今年度を最後に、地域おこし協力隊を卒業するおふたりは、今後も栗山への定住を希望しています。進路としては、このまま「くりおこ」の社員になる予定とのことでした。
「でも、色々と目標が設定されていて『ここまでしかできないなら月給5万円』とか、厳しいことも言われてます(笑)」と金谷さん。
そんな『心配』も聞かせてくれましたが、栗山でのミッションと、日々の生活が充実していて、協力隊の任期が終わった後についても、特別な心配は無いと言います。
「栗山は今、行政のことにしても、経済のことにしても、コロナもあって大変なときではあるんですけど、それでもこの街には、役場の人だけじゃなく、いろんな人の思いがたくさん集まっていますから、そうした課題に取り組む術は、まだまだたくさんあると思うんです。例えば、私の身近にいる人にも『栗山って何も無いよね』って言われたりしますが、それは、この街の良いところを知らないだけだと思うんですよね。だって、街のひと一人ひとりがこんなに生き生きしているところなんて、他の何処にもありませんから。だから、私たちがそういう魅力をもっともっと発信していかないと、そういう実績を作っていかなきゃ、って」と目を輝かせながら熱く栗山町への愛を語る金谷さん。
「観光地になる必要はないと思うんです。街の人の誰もが魅力的な存在でいられるような、そんな街にしていきたいですね。地元の栗山の子供たちは、地元のことを、栗山の良いところを、よくわかってくれていると思います。だから、例えばこれから、進学や就職で栗山を離れることになったとしても、そういう栗山の魅力を、ずっと忘れないでいてくれたらな、って。そして、私のように、いつか帰ってきてくれたらと思うし、そんなときの参考になるように、例えば20代で起業するとか、そういう事例をどんどん作っていきたいです。そんなふうにチャレンジする人を応援する雰囲気を、これから、この街に作っていけたらと思っています」。

ChestnutsMarket13.jpg栗山町出身者なだけあって、人一倍の栗山愛を語る金谷さん。くりおこが運営するゲストハウスの運営にも携わります。

Iターンで栗山町に来た井上さんも、卒業後も引き続き「くりおこ」の事業に取り組んで、栗山への定住を希望しています。
「実家は今は江別に移っていますが、江別にしても、札幌にしても『出かけていくところ』というイメージはあるけれど、住むところではないと思ってます。とにかく、栗山での素敵な人たちとの出会いに感謝ですね。この『居心地の良さ』と『自然』が、定住しようと思った理由です。農家さんのところに行くたび、種のこと、苗のこと、色々詳しくなって帰ってこれるのも楽しいです。時には一筋縄にはいかないクレームが起こることもありますが、農家さんに誤解を解く方法を分かりやすく教えてもらい、寄附者さんにもきちんと説明すると納得してもらえるなど、農家さんのアドバイスもあってとても助けられています。そんな農家さんとのやりとりをする毎日を過ごしていると、畑の景色を眺めるのが当たり前になって、雨や風が強い日だったりすると『あの農家さん大丈夫かな』って心配になったりするんですよね」とすっかり栗山愛が根付いています。

ChestnutsMarket3.jpg「大好きな風景があるんです」という井上さん。だから栗山から離れることは考えられないと言います。photo byくりやま景観フォトコン応募作品

Uターンの金谷さんはもちろん、Iターンの井上さんにとっても、栗山というまちは、この上なく魅力的で、かけがえのない存在になっているようでした。
おふたりが担当している通販サイト「チェスマ(チェスナッツ&マーケット)」は、その後、栗山産のメロンやお米を商品ラインナップに加えるなど、取り扱いアイテムを拡大中です。
町役場や商店街と一緒に、新商品の開発に取り組む金谷さん。生産者を回って、商品や顧客の管理をサポートする井上さん。
おふたりの、協力隊の任期最後の一年は、忙しく過ぎていこうとしています。

ChestnutsMarket14.jpg元地域おこし協力隊の高橋さん(左)と石井さん(右)との4ショット!これからも栗山の未来をつくっていきます!

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