関西人も認識がバラバラな「南大阪」(写真は大和川を渡る阪堺電車)

関西圏に住んでいる人なら一度は耳にするであろう「南大阪」というカテゴリー。お笑い芸人・見取り図によるコント「南大阪のカスカップル」も話題になったが、そもそも「南大阪」と聞いて、まずどのあたりを思い浮かべるだろうか?

周りに訊いてみても、「大阪の下半分?(高知出身)」「よく聞くミナミとは違うんだっけ?(東京出身)」と関西出身者以外の意見はもちろん、「なんばから下(姫路出身)」「なんばより下のなんば抜き(西宮出身)」「堺市から向こう側(滋賀出身)」「大阪市から下(京都出身)」「大和川から南(泉大津出身)」・・・と、関西人ですら認識はバラバラだ。

「岸和田のドンキにいっぱいいる」「泉州で本当にこんな感じw」など地元民からも人気のネタ

一般的には堺や河内長野を指す場合が多いが、岸和田や泉大津といった泉州地域を含むこともある。地元・大阪の出版社「京阪神エルマガジン社」(大阪市西区)が発行している『南大阪の本』は、編集者いわく「大和川より南を対象にしている」という。

エリア分けを見てみると、百舌鳥古墳群や堺東、南海堺駅シーサイドを含む「堺エリア」、岸和田市やりんくうにわたる「泉州エリア」、藤井寺市や松原市、富田林市などの「南河内エリア」に区分され、範囲は幅広い。

「大和川を越えたらパラダイス。」と謳っている「京阪神エルマガジン社」の『南大阪の本』

一方、南大阪のグルメ情報などを発信するサイト『キットプレス』の場合、泉州と堺、そして南河内の3市(大阪狭山市、富田林市、河内長野市)を加えたエリアを南大阪と位置付けしているそう。

なぜ南河内のなかでも3市だけを南大阪にカテゴライズしたのか。キットプレス代表の小田原大輔氏によると、堺市からアクセスしやすく飲食店も多いことが主な理由だとか。また、小田原氏が「南大阪」というワードを使い始めた2008年頃にはまだまだマイナーな言葉で、当時は「ミナミ」と混同されることも多かったという。

ううん、ますますややこしい・・・で、結局正解はどこやねん!? ということで、関西大学の教授で「なにわ大阪研究センター」(大阪府吹田市)のセンター長を務める乾善彦氏に詳しく話を訊いてみました。

大阪をどう捉えるかで変わる「南大阪」の定義

乾氏によると、大阪を「大阪府全体」ととるか「大阪市」と取るかでその定義は変わってくるという。たとえば、かつて存在した「南大阪町(現在の羽曳野市)」。こちらは、大阪府の南部に位置するものの、大阪市の南にあるわけではないので、後者のカテゴリー分けでいうと「南大阪」から外れることになる。

また「南大阪」という区分けがいつできたのか、後づけることは極めて困難だという。公の用法としては、1944年の「近鉄南大阪線」が確認できる限りでもかなり古い。さらに、江戸時代の「大坂」時代からすでに「南大坂」があっても不思議ではないとか。

ここまで話を聞くと、カテゴリー分けする人の考え方により、南大阪の定義がばらけるようだ。しかし、2005年に発足した「堺・南大阪地域学」で使用された教科書内で明確に南大阪の地域を定義している。

そこには、南大阪の範囲として「堺市・高石市・泉大津市・忠岡町・和泉市・岸和田市・貝塚市・泉佐野市・熊取町・田尻町・泉南市・阪南市・岬町・松原市・藤井寺市・羽曳野市・柏原市・富田林市・大阪狭山市・太子町・河南町・千早赤阪村・河内長野市の16市、6町、1村、旧国名でいうと、摂津の国の一部、河内国の南半分、和泉国全域となる」(『堺学から堺・南大阪地域学へ―地域学の方法と堺・南大阪地域学』より)とある。

大阪府全体とすると、16市6町1村が「南大阪」に?

この教科書が、おそらく日本で唯一の「南大阪」を具体的に規定したものだとか。これで「南大阪ってどこ」問題は決着がついたように思えるが・・・。

乾氏は「あくまで、学問の対象としてしっかりと地域を定める必要があっただけ。『大阪市の南』か『大阪府の南』、どちらの意味で使っても問題ないでしょう」と話す。 結局、南大阪を定義づけるのは自分たち次第・・・ということだろうか。友人や家族と「南大阪ってどこだと思う?」というテーマで話してみると、盛り上がるかもしれない。

取材・文/つちだ四郎

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