被災地首長が見た安倍政権 復興施策と安定感を評価、柔軟性や風評対策に苦言も

 東日本大震災で被災した自治体のトップは、辞任する安倍晋三首相と安倍政権の震災復興をどう総括するのか。多大な費用と時間を要しながらも着実に進んだ地域再生、それを支えた長期政権の安定感を評価する一方、来年度に始まる「第2期復興・創生期間」を見据え、次の首相への期待を寄せた。
(釜石支局・中島剛、いわき支局・加藤健太郎、気仙沼総局・鈴木悠太)

 三陸沿岸道と釜石自動車道が2019年につながり、物流拠点として存在感を増す釜石市。国がそれぞれ「復興道路」と「復興支援道路」に位置付け、巨費を投じて急ピッチで建設した。ラグビーワールドカップの会場となったスタジアムも国の支援で新設された。
 野田武則市長は「安倍政権には、民主党政権に対抗し『われわれの方が復興のために頑張るんだ』という強い意志があった。要望もほぼ実現した」と感謝する。
 復興予算は32兆円を超える見込みで、復興事業の基幹事業は、異例の全額国費負担が維持された。財源がない被災自治体の復興を強力に後押しした半面、過剰なハード整備を生んだとの批判もある。
 野田市長は「予算を付けた上で市町村に権限を委ねれば、少ない金額でも同じ成果を生み、より住民が納得できる復興を目指せたかもしれない」と指摘する。

 「国や県、市が知識と経験、人間関係を積み重ねられたのが長期安定政権の強みだった」。こう振り返る気仙沼市の菅原茂市長も、復興事業は柔軟性に欠けた部分があったと見る。
 津波対応型の漁業用燃油施設の再建で、津波復興拠点整備事業の活用を目指した。だが施設に海上の桟橋を含むため、適用できないと却下された。
 政権が看板政策として打ち出した「地方創生」に市も振り回された。政府関係機関の地方移転を巡り、国立研究開発法人水産研究・教育機構の開発調査センターの誘致を目指したが、結局実現しなかった。
 地方移転そのものの成果も、現状は文化庁の京都移転決定にとどまる。菅原市長は「国には最初から覚悟がなかったのだろう。次の首相にはもう一度、地方創生を大きなテーマに定めてほしい」と望む。

 過酷事故を引き起こした東京電力福島第1原発の周辺では、避難指示の解除が少しずつ進む。転機となったのは、17年5月に成立した改正福島復興再生特別措置法だ。帰還困難区域に「特定復興再生拠点区域」を設け、除染と道路などのインフラ整備を国費で一体的に進めることになった。
 今年3月に避難指示が一部解除された福島県双葉町の伊沢史朗町長は「町の96%が帰還困難区域だったが、法改正で前に進めるようになった」と強調する。
 喫緊の課題は、廃炉作業が続く第1原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含む水の処分。海洋や大気への放出が選択肢として挙げられる中、国は地元関係者の意見聴取を重ねるものの、具体的な風評被害対策は示していない。
 伊沢町長は「国が疑問に答えなければ議論は進まず、廃炉全体の工程に影響する。東電や国への不信感は一部に残っており、情報を隠さないことが重要だ」と訴える。

◎「東北で良かった」「最後は金目」閣僚ら失言相次ぐ

 安倍政権では、今村雅弘復興相の「まだ東北で良かった」発言を筆頭に、震災復興と関係の深い閣僚ら政務三役の失言や不祥事が相次いだ。
 石原伸晃環境相は2014年6月、東京電力福島第1原発事故に伴う除染廃棄物の中間貯蔵施設建設を巡り、福島県側との交渉について「最後は金目でしょ」と発言。交付金など金銭で解決するとの見方を露骨に示し、猛反発を受けて取り消した。
 務台俊介内閣府・復興政務官は16年9月、台風10号豪雨で被災した岩手県岩泉町の視察に長靴を持参せず、職員におんぶされて水たまりを渡る姿が批判を浴びた。17年3月には、政府が長靴を調達したとして「長靴業界がだいぶもうかった」と放言し、事実上更迭された。
 桜田義孝五輪相は19年4月、岩手県選出の自民党衆院議員の政治資金パーティーで「(岩手選出の議員は)復興以上に大事」と失言し、即日辞任。「全閣僚が復興相」とうたう政権の信用を失墜させた。
 このほか、高木毅復興相は15年10月の就任直後から、過去の下着窃盗疑惑や自身の自民党支部の慶弔費支出問題が国会で度々追及を受けた。17年9月には、長沢広明復興副大臣が議員宿舎に知人女性を宿泊させた責任を取り、議員辞職した。

2020年09月13日日曜日


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