伝える(4) 避難の明暗 展示に苦慮

教訓の2文字を見詰める佐竹さん。未来の命を守るため、事実をありのままに伝えてほしいと願う=6月19日、名取市震災復興伝承館

 広い空間に大小56のモニターがずらりと並ぶ。机にパソコンが置かれ、東日本大震災の災害対応に当たった様子を伝える。
 昨年9月に開館し、約17万人が訪れた陸前高田市の岩手県震災津波伝承館。東北地方整備局の災害対策室を再現した部屋は教訓を学ぶゾーンでひときわ目立つ。
 内陸から沿岸に向かう国道の通行確保に努めた「くしの歯作戦」の8分間の映像が大画面に繰り返し流れる。見学者も多いが、陸前高田市の語り部ガイド紺野文彰さん(69)は「大成功の作戦の話に終始している」と違和感を覚える。
 震災当日。紺野さんは津波を警戒して一度避難した。推定高さ3メートルという気象庁の情報を知り「高さ5.5メートルの気仙川の堤防は越えない」と危機感が薄れた。途中、6メートルに切り替わっても焦りはなかった。
 「3メートル、6メートルと聞いて油断した」と紺野さん。津波警報の正確性など、避難の判断を鈍らせた課題に真正面から向き合うべきだと考える。だが、負の側面はパネルの展示が中心だ。
 紺野さんは「展示内容があまりにも漠然とし、明確な反省を示しているとは思えない」と残念がる。
 成功と反省、明と暗。震災が持つ二面性のバランスをどう取るかによって、与える印象は変わる。
 名取市が閖上地区に5月末に開設した震災復興伝承館。「逃げる感覚なんて誰もなかった」(60代男性)「片付ける事にばかり夢中になっていた」(60代女性)。黒いパネルに白抜きの吹き出しで住民の声が並ぶ。
 閖上地区では約800人が犠牲になった。「教訓 なぜ人は逃げなかったのか」と題した展示では、昭和三陸津波(1933年)の石碑の存在が忘れられ、「閖上には津波は来ない」という安全神話が浸透していたことも紹介されている。
 一方、「閖上の奇跡」と書かれた市閖上保育所の避難行動も展示されている。多くが犠牲になった中で、当時の所長佐竹悦子さん(68)は「公立の保育所を成功例として取り上げなくてもいい」と思っていた。
 当時、職員11人が1〜5歳児54人を車に乗せ、閖上小に避難し全員が助かった。避難先を事前に安全な場所に見直した点など避難行動への評価は高い。佐竹さんの戸惑いを払拭(ふっしょく)したのが「それこそが教訓」という周囲の一言だった。
 民間の伝承施設も「何をどう見せるか」模索する。
 石巻市の公益社団法人3.11みらいサポートは来年3月、門脇町に木造2階の伝承施設を開設する。
 メイン展示の一つが定員40人規模のシアタールーム。地震発生から津波到達まで約1時間、南浜、門脇地区の住民約100人から聞き取った避難行動を地図上で再現した映像を流す。正面と左右の壁を使った3面シアターで、津波の本当の怖さを表現できないか検討を重ねる。
 専務理事の中川政治さん(44)は「どうしたら津波から逃げられるのか。民間ならではの視点で見せ方を工夫したい」と語る。

2020年07月15日水曜日


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