令和2年7月豪雨

 7月3日から九州に停滞した梅雨前線は、西日本から東日本にかけての広範囲で大雨をもたらし、熊本、鹿児島、福岡、佐賀、長崎、岐阜などを中心に大規模な河川の氾濫や土砂崩れ等の被害を発生させました。その後も全国的に前線による大雨が継続。7月31日までの総降水量は、九州、東海、東北の各地方で観測史上1位を記録しました。死者82名(うち熊本県内で65名)、行方不明者2名。住宅被害は1万6000棟超。多数の者が生命又は身体に危害をうけ、または受けるおそれが生じているとして、全国9県98市町村に災害救助法が適用されました(災害救助法の適用地域については内閣府を参照)。

令和2年7月豪雨の災害義援金差し押さえ等禁止法が成立

 義援金は国民が被災者の生活再建や事業復興を願う寄付金であり、かつ被災者個人や事業者に確実に届けられなければならない性質ものです。義援金は、いったんは必ず被災者が受け取れることが重要であす。仮に借入金等があったとしても、ことに義援金の使いみちは被災者自身に完全に委ねられなければならないはずです。ところが、義援金については、差し押さえ、債権譲渡、担保差し入れなどへの制限がなく、法律上はなんら保護されていません。東日本大震災でこの点を弁護士らが初めて指摘し特別法ができました。それ以降も、弁護士らの提言をきっかけとして、全党派一致の超党派議員立法によって、義援金を保護する特別法案が成立してきました。

2020年12月4日、第203回臨時国会で成立した法律は以下の通りです。全文を掲載します(衆議院より)。ここでいう「義援金」とは自治体が配分を決定して、自治体を通じて被災者へ給付するお金を指します。

令和二年七月豪雨災害関連義援金に係る差押禁止等に関する法律案

1 令和二年七月豪雨災害関連義援金の交付を受けることとなった者の当該交付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない。

2 令和二年七月豪雨災害関連義援金として交付を受けた金銭は、差し押さえることができない。

3 この法律において「令和二年七月豪雨災害関連義援金」とは、令和二年七月豪雨による災害の被災者又はその遺族(以下この項において「被災者等」という。)の生活を支援し、被災者等を慰藉(いしゃ)する等のため自発的に拠出された金銭を原資として、都道府県又は市町村(特別区を含む。)が一定の配分の基準に従い被災者等に交付する金銭をいう。

附 則

1 この法律は、公布の日から施行する。

2 この法律は、この法律の施行前に交付を受け、又は交付を受けることとなった令和二年七月豪雨災害関連義援金についても適用する。ただし、この法律の施行前に生じた効力を妨げない。

自然災害債務整理ガイドラインや新型コロナ版ローン減免制度にも影響

 個人または個人事業主のローンを破産等法的手続きによらずして減免することができ、かつ信用情報登録(ブラックリスト)もないという画期的な債務整理制度である「自然災害債務整理ガイドライン」では、差し押さえ禁止財産を手元に残すことができます(返済原資として資産計上する必要がない)。今回差押え禁止財産として「令和2年7月豪雨災害義援金」が明確化されたことで、これらの手続きの利用による効果もまた大きくなると考えられます。なお、「自然災害債務整理ガイドライン」は、新型コロナウイルスの影響でローンの支払いが困難になった全国国民のためにも利用できるようになりました(コロナ版ローン減免制度)。2020年12月1日から運用が開始されたところです。制度が必要な人たちへ行き渡るよう、これを読んだ皆様も、周知にご協力いただければ幸いです。

東日本大震災から5例目の特別法

 義援金の差し押さえ等禁止法案は、これまで4例あり、今回で5例目です。特定非常災害に指定されるほどの巨大災害だけではなく、多くの災害で義援金が保護されてきた経緯があります。

(1)東日本大震災(東北地方太平洋沖地震/原子力発電所事故)

(2)熊本地震

(3)西日本豪雨等(平成30年7月豪雨/大阪府北部地震)

(4)令和元年東日本台風等(台風15号/台風19号/10月豪雨)

(5)令和2年7月豪雨【今回】

 ところが、震度7を記録し、43名もの犠牲者と、1万5000棟の住宅被害のあった「平成30年北海道胆振東部地震」(2018年9月)では義援金保護の立法はされませんでした。発災時には国会閉会中でしたが、その後北海道議会をはじめとする自治体や専門家から多数の立法要望があったものの、臨時国会でも法案が提出されることはありませんでした。また、猛烈な風害により関西国際空港を含むインフラや関西地方の住宅に甚大な被害を与えた「平成30年台風21号」(2018年9月上陸)でも自治体や大阪弁護士会の要望がありましたが、立法がありませんでした。上記のとおり、同じ年の「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」(2018年7月)と「大阪府北部地震」(2020年6月)は、義援金差押え禁止立法が成立していることと比べて格差を生んでいます。

 なお、この災害義援金の差し押さえ禁止法案のノウハウは、2020年2月頃から全国的にまん延する「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)における各種生活支援のための給付金の差押え禁止等の立法に応用されました。筆者も及ばずながら新規立法の提言をさせていただき、その後に超党派での調整を経て議員立法により成立しています(新型コロナウイルス感染症に立ち向かうあなたを助けるお金とくらしの話「第2回:一律10万円の特別定額給付金と差し押さえ禁止法案」)。

求められる災害義援金保護の恒久法

 義援金恒久化法案が必要なことはもはや争いがありません。ここでは、立法化にあたってのポイントを筆者なりに考えてみました。

(1) 災害規模を制限せず全ての災害義援金を差押え禁止とする

自然災害では当然のこと、場合によっては特定事故に関する義援金も含めて漏れなく災害義援金差押え禁止等の対象とすべきです。これまでの5例の災害は、確かに「特定非常災害特別措置法」の指定や適用を受けるほどの大きな災害を含んでいます。しかし、中にはそうではない災害もあわせて差押禁止になっている先例もあります(大阪府北部地震は特定非常災害ではありません)。また、「災害救助法」すら適用されなかった地域でも、厳しい被害を受けた地域もあります(2019年の岡山県新見豪雨など)。上記の各種災害指定や適用は、義援金による支援とは全く異なる建付けの制度です。義援金とリンクさせる根拠もありません。義援金差押え禁止をする趣旨は、国民の善意を確実に被災者個人へ届けるということにあります。寄付者側も安心して寄付できることから、寄付文化を醸成する相乗効果もあります。災害の規模によって左右されるべきではないと思われます。

(2) 災害や義援金の定義は既に法律上明確になっている

災害対策基本法により「災害」の定義は法令上も明確になっています。これに更なる制限を設ける必要はないと考えられます。義援金の定義も、今回を含めて5回目の特別立法によって先例がつくられており、災害規模による制限や限定を設ける必要はないと言えます。「災害義援金」という概念を恒久化することによる既存法令との整合性は特段問題にはならないと考えられます。

(3) 債権者への配慮は制限の理由にはならない

債権者が債権回収のために差押えをする権利は当然存在します。しかし義援金については、債権者自身は、当初からそれらを目当てにして貸付行為を行っているわけではありません。債権者が中小企業等であれば災害時の様々な資金繰り支援策が別途設けられています。個人事業主であれば「自然災害債務整理ガイドライン」が利用できる場合もあるなどの支援策があります。なお、債権者のなかには被災自治体もいます。被災自治体は被災者らへの義援金配分を決定する立場です。住民が公租公課を滞納していた場合に、義援金をターゲットにしていつでも当該自治体が差押えできるとするのでは、義援金配布の趣旨を没却してしまうことになりかねません。

 現在、政府や与野党では、義援金差押え禁止の恒久化法を超党派立法する動きがようやくまとまりつつあるようです。次期通常国会へ向けての動きに期待したいと思います。

(参考資料)

岡本正『義援金を保護する(差押禁止)臨時法成立~急がれる全ての災害義援金を対象にした恒久法~』Yahoo!ニュース

岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』弘文堂


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