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ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。

アフターコロナの「ニューノーマル」を生き抜く上でも、社会課題を解決する上でも、テクノロジーをどう生かすかがカギとなる。

3回目は、さくらインターネットの創業メンバーであり、投資家、起業家が集う飲食店awabarの創業者、京都芸術大学教授……とビジネス、起業、人材育成分野に精通する小笠原治さんに、ニューノーマル時代をテクノロジーがどう変えるのかを聞いた。

小笠原治氏

小笠原治さん。

提供:小笠原さん


——いまリモートワークやオンライン会議が「普通の風景」になり始めました。2カ月前には信じられなかった風景です。ただ思うのは、今日本が抱える課題って、「全く新しいテクノロジーで社会を変えていこう」ということではないんじゃないかということです。

直面しているのは、残念ながらIT活用では後進国になってしまった“レガシー日本”が、「10年後にはこうなっているべき」だった社会を、10年分一気にネジを巻いて、1〜2年で変わる、ということじゃないか、と。いわゆるハンコ文化にしろ、紙の請求書文化にせよ、変わるための技術基盤は既にあるわけですから。

未来の技術開発ではなく、今ある技術をきちんと社会に入れていくというか。その点は、どう感じてらっしゃいますか。

10年分ネジを巻く、というのは1つの正解だと思います。ただ、「もうちょい欲張り」になってもいいんじゃないかとも思っていて。いま、グローバルスタンダードに合わせていこうぜと頑張っていくんじゃなくて、「本来こうした方が良かった」と言う領域まで、「ホップ」したほうがいいと思っているんですよね。

——この機会にホップさせる。それってどういう意味ですか?

変容する大変さは同じなんだから、本当にあるべき姿を考えてたどり着こう、ということです。そのためには、2段構えで変わっていく必要があります。

まず、喫緊の課題は既存のテクノロジーやサービスの「ありものの組み合わせ」で解決する。これは、経営者が判断さえすれば実行に移せます。

その上で、第2段階については、研究機関とか大学のラボで動き始めている、「まだ世の中には出ていないような最新テクノロジーの芽」を、いかに社会実装まで持っていくか。そのスピードを上げることだと思ってるんです。

「ありものの組み合わせ」と「最新テクノロジーの実装」の2段階で

——なるほど。小笠原さんは、ニューノーマルの時代のビジネスや働き方のあり方を議論する「ニューノームコンソーシアム」の個人メンバーでもありますよね。4月には最初のオンラインカンファレンスも実施されました。どんな活動を始めていますか。

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撮影:伊藤有

ニューノーム・コンソーシアムとは:

「よりよい生き方を労働環境と住環境の視点から研究、社会実装を目指し活動を行う」を掲げる企業団体。緊急事態宣言の翌週、4月16日に立ち上がったビジネスコンソーシアム。リコーやシャープといったメーカー、マネーフォワードやスマレジといったベンチャー、JapanDigitalDesignや日本総研といった金融業界をバックグラウンドとする企業など20社が参画している。

今回、僕たちが始めた「ニューノーム・コンソーシアム」では、あえて「ニュー“ノーマル”」とはしなかったんです。

ノーマルっていうのは普通とか通常ってことですが、一方、ノーム(norm)は基準や規範という意味があります。新しい時代を早く実現するために、「ニューノーム基準」みたいなものを行き渡らせる方が、ノーマルを変えてしまうよりも、早く「新しい状態」を引き寄せるんじゃないか、と思って。

僕らがやろうとしているのは、サービスやプロダクトの開発だけじゃなく、企業同士の取り組みそのものも、(コンソーシアム内外の動きを)キュレーションしながら世の中に広めていきたい。

あくまで一例ですけど、グッドデザインみたいな感じで「ニューノームマーク」みたいなものがあっても良いかもしれないと、話したりしています。

注:コンソーシアムでは7月から認定を開始する予定を発表している

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撮影:伊藤有

——「この製品や事業体はニューノーマル時代と親和性が高いものですよ」と示すようなことでしょうか。

そうですね。テクノロジー業界から一歩引くと、身軽に最新技術やサービスを試せない企業にとっては、どれが最適解なのかわからないんです。

例えばニュースしか見ていない人には、「あのオンライン会議ツールって危ないって言われてるけど……」と言われたら、それが改善可能なセキュリティー上の問題なのか、根本的に問題があるのか、判断がつきません。

だからコンソーシアムでは自分たち自身でも有用性を検証しつつ、それをどういう風に使えば、新しい当たり前、ニューノーマルな状態になれるのか。その難易度がどの程度なのか、みたいなことを「実際に私たちが変えてみた実感」として定量的に提示していきたい、と。

東京・浅草の商店街

連休明けでも、緊急事態宣言下の観光地は閑散としていた(東京・浅草の商店街。2020年5月12日撮影)。

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「既存技術で具体化させようとしてる」プロジェクトの1つは飲食業界を助けるためのものです。

いま食事を宅配や飲食店が始めたテイクアウトなどにする機会が増えてますよね。考えたのは、「こんな時だから、一緒に食べよう、それぞれの家で」というコンセプトの取り組みです。

宅配はUber Eatsを筆頭にいろいろなソリューションはあるんですが、少しの不便を解消してくれるけど、トータルでざっくり3割くらい手数料を取られるわけです。

お店に行ってテイクアウトするのは近所の人しかできない一方で、飲食店は、できればこんな時こそ、みんなに温かくておいしいもの食べてほしいという想いもあります。

それで、コンソーシアム参画企業の各事業領域で協力して、シンプルに「お店の味が半自動で調理できるミールキットをつくる」ことを思いつきました。

お客さん(消費者)は、下ごしらえした状態で届くミールキットを、ヘルシオやホットクックに投入するだけ。それだけでプロのお店の味が出せますよ、というものです。

これ、簡単に言ってしまってますけど、お任せでプロの味の料理ができるっていうのは、本当はすごい技術とノウハウの塊ですからね。

ミールキット

ニューノーム・コンソーシアムでは、食の世界も変えていこうとしている(写真はイメージです)。

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——開発コストや需要の有無を、クラウドファンディングを使って調査して、この状況で困っている飲食店が一緒に開発する、食べてもらえればお店も儲かる、という仕組みですね。

この方式だと、極端な話、お客さん同士が離れていても、同じ時間に調理し始めて、ZoomやDiscord(ゲームファンの利用者の多いグループ音声通話サービス)とかでつながって、仮想的に一緒に食卓を囲むこともできる。

もしかしたら今だと飛行機さえ飛んでないハワイの友達と、一緒に食べられるかもしれない。

そういう、「食卓の拡張」のようなことが実現できるかもしれません。

直近の5月16日のキックオフミーティングで、コンソーシアムに(予約台帳サービスの)トレタの参画が決定。Japan Digital Designもミールキットの安定流通の支援をしてくださることになりました。

当初は新型コロナと闘う飲食店・生産者支援の意味合いから始まったプロジェクトですが、議論を重ねコンセプトをもう一段掘り下げて、「飲食のD2C」を生み出していこうという方向性になりました。これこそが我々が考えるべき「ニューノーム」だろうと。

味の再現性などからも、自動調理家電としてヘルシオやホットクックなどが欠かせませんから、シャープも開発協力に加わる方針を確認しました。

Campfireをプラットフォームに、飲食店数店舗のメニューを再現するクラウドファンディングを7月上旬にも開始する方向で調整が進んでいます。

——少し話を戻します。民間企業は企業努力で「ニューノーマル」に変われる、変わらざるを得ないと思います。が、社会全体が変わらないと、「ハンコや紙の請求書、対面必須が消える世界」は来ないですいよね。

その点で行政、霞が関の省庁のデジタル化(DX)の状況はどうでしょう。

霞が関で言うと、省庁によってはデジタル化は一定進んでいて、民間と行政の採用してるテクノロジーのマッチングの問題な気がしています。

例えば、打ち合わせは対面でなくてもいいけど、マイクロソフトの「Skype for Business」か同社のビジネスチャットの「Teams」しかダメだとか。

「じゃあそれ使いましょう」となったら、今度は民間側がTeamsを社内で許可していない、という場合も経験しました。つまり、オンラインで済ませるツールがないわけじゃないんです。

もちろんZoomでも何でもOKなら良いでしょうが、そこは(実現を待つより)民間がツールを合わせていった方が早く対応ができるんじゃないか、と個人的には思っています。

行政と民間のテクノロジーのミスマッチは、民間がツールを合わせるしかない

——それってどの程度の省庁に広がってますか?

全部ではないでしょうけど、少なくとも僕が対面している経産省では、デジタルツールに不便を感じたことはあんまりないですね。

いずれにしても肌感として、霞が関の意識はこのコロナでガラリと変わったと感じてます。行政は、都道府県の組長やリーダーである政治家が「変わろう」と号令をかければ、一緒に変わっていける。渋谷区にしろ福岡県にしろ、首長が変えようと動いて変えている。意外とニューノーマルになっていきそうな気がしています。

出勤

「歴史的に見ても、巨大な危機や超巨大な社会問題があるときに、世の中は大きく変わる」と小笠原さん。

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——日本における「ニューノーマル化」のもう1つの壁は、ITへのアレルギーだと思うんです。ある年齢より上の人たちに、ITアレルギーがある。若い世代もスマホは使いこなしているけど、PCを持っていない大学生もいまだにいます。

これって世代論だけで片付かないような気がしませんか?

実はコロナとは無関係に、1年ぐらい前に、ある場所で同じ話をしたことがあって。その時言ったのは「めちゃくちゃ危機的な状況になるしかないよね」だったんです。

それが結果的に「今なんじゃないか」ってことを最近思ってます。

歴史的に見ても、巨大な危機や超巨大な社会問題があるときに、世の中は大きく変わる。そもそも宗教改革ってなぜ起きたのか?ってことだと思うんですよ。

人間って、言葉で理解しただけでは簡単には変わらないんですよ。人が持ってる「正常化バイアス」を超える程度の危機が必要だと思っていて。新型コロナをめぐる経済活動の危機は、間違いなく、正常化バイアスは超えてしまっていると思います。

巨大な危機があるときに世の中は大きく変わる。それは今なんじゃないか

——そういう意味では、なかなか変革が遅いと言われている銀行など金融業界はどうでしょうか。

金融はほかの業界に比べて難しいところがあるかもしれません。

最近、僕自身も経験したんですが、一般の銀行ではこのご時世でも融資の決定は「基本、リモートでは無理です」と断言されるところもありますからね。面談したから何が判断できるのか、って合理的な説明は難しい気もするんですが。

——先ほどミールキットで名前の出たJapan Digital Designや、参画企業の日本総研はどちらもメガバンクを母体にもつ企業ですが、その辺の議論はありますか。

まだこれからですが、Japan Digital Design(JDD)さんはMUFG系列ですし、日本総研さんは三井住友FG系列。コンソーシアムではこういう人たちと、「金融業界のニューノーマルの本当の壁ってなんだろう」という議論もしていきたいです。

新型コロナがいつ「収束」するのかはまだ見えません。第2波、第3波への対応も視野に入れなければいけない。そう考えると、ニューノーマルの時代は「いろいろな備えの時代」になると思います。

そして備え切れない部分について、数年かけて、解決するテクノロジーが生まれてくるだろうと思ってます。

(聞き手、構成・伊藤有)


小笠原治:1971年京都市生まれ。さくらインターネットの共同ファウンダーを経て、ネット系事業会社の代表を歴任。2013年、ABBALabとしてIoTスタートアップのプロトタイピングに特化した投資事業を開始。2014年にはDMM.make AKIBAを設立。2017年、京都芸術大学教授、mercari R4Dのシニア・フェローに就任。内閣府SIP構造化チーム 委員、経済産業省データポータビリティに関する検討会委員、福岡市スタートアップ・サポーターズ理事なども務める。


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