<連載「五輪リスク」④漂う民意>

 ハンブルクは人口約180万人と、ドイツ第二の都市だ。4月下旬、新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)で、飲食店は閉まり、夜間の外出禁止が続いていた。

 「もし、ハンブルク五輪が決まっていたら?建設費用が高騰している上に、このパンデミック(世界的大流行)で現実的でなくなっていたよ」。住民のフローラン・カジスカさん(40)が苦笑する。

カジスカさんが参加したドイツ・ハンブルク五輪の反対グループ。東京大会への抗議活動も行っており、日本語のメッセージがある=2019年、ハンブルク市で(クラッス・ルーイングさん提供)

 この街には、2024年五輪・パラリンピックの招致計画があった。市は15年3月に招致を表明し、「港湾部を開発し、コンパクトで環境に配慮した大会に」とPRした。

◆「市と市民にとって重要」 住民投票が決定

 世論調査で約6割が開催を支持したが、「市と市民にとって非常に重要な問題だ」(市報道官)として住民投票の実施が決まる。カジスカさんは、仲間と開催反対運動を展開した。

 「大会には巨額の予算がかかる。当時は、中東からの難民の住宅問題も深刻だった。私たちは事実を示し反対を訴えたんだ」

 11月の投票では反対51・6%、賛成48・4%と逆転し、市は招致を断念した。

 欧米では近年、住民投票で大会招致を否定する例が相次ぐ。ドイツのミュンヘン、オーストリアのウィーンやインスブルック、スイスのシオン…。

◆高い関心、莫大な税金…「五輪はうってつけの課題」

 「五輪ほど、住民投票にうってつけの課題はないよなぁ。人々の関心は高いし、莫大な税金がかかるんやから」。市民団体「『国民投票/住民投票』情報室」(大阪市)の今井一事務局長(66)が言う。

今井一さん

 東京都は16年大会、20年大会と招致を経験したが、住民投票は行われなかった。実施したのは世論調査。イベントなどで五輪ムードを盛り上げ、開催支持率は上昇していった。

 世論調査は、電話で一人数分で終わる。住民投票は賛否両派が大量の資料を示し、数カ月間に及ぶこともある。今井さんは「世論調査で人の考えが変わることはない。でも、住民投票では自分が主権者だと自覚し、周囲と議論したり熟慮することになるんです」。

 住民投票は、暮らしに身近な問題を巡り各地で行われているように見えるが、実は地域的な偏りがある。

 情報室によると、条例に基づく住民投票の実施件数(1995~2020年)は、都道府県別で多い順に①埼玉県(41件)②長野、鹿児島県(29件)④北海道(27件)。これに対し、東京都は1件で全国最少だ。

◆都民投票条例の制定を求めたけれど

 今井さん自身、苦い経験がある。東日本大震災の翌12年、原発稼働の是非を問う都民投票条例の制定を求め、都に直接請求を行う運動を起こした。請求に必要な「有権者の2%」を上回る約32万人の署名を集めたが、都議会が否決。投票は幻に終わった。

 コロナ禍以降の世論調査で、今夏の五輪開催を支持する声は少数派。「中止すべきだ」「再延期すべきだ」の合計が多数を占めるが、その民意に政治や行政が応えているとは言い難い。

 「東京で招致時に住民投票をしていれば…」と今井さんは夢想する。「コロナ禍で『もう一度、投票を』となったのと違うかなぁ」

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