日々お客さまの家探しをサポートするカウカモエージェントにフィーチャー! 不動産のプロがオススメする、萌える街やマンションって? 実際に街を歩きながら、編集部がインタビューする企画です。


こんにちは! カウカモ編集部の清水です。

東京五輪2020を控え、駅舎が建て替えられた「原宿」駅。緑色のシートの裏に旧駅舎があった

夏のジリジリとした日差しが照りつける8月初旬、私が降り立ったのは「明治神宮前<原宿>」駅。

取材時はちょうど国際的なスポーツイベント「東京五輪2020」がここ東京を舞台に行われている真っ最中! 東京での開催は1964年の第18回大会以来、なんと57年ぶりです。

簡単に前回大会を振り返ると、国立屋内総合競技場(現国立代々木競技場)や選手村(現代々木公園)といった、現在も多くの人々に愛される施設が誕生。

また、大会本番に向けて主要道路の拡幅工事が行われたり、東京・名古屋・大阪間を結ぶ東海道新幹線が開通するなど、街の景観や交通インフラに大きな変化をもたらしました。

そしてなにより、当時最も変化を遂げた街が「明治神宮前<原宿>」駅がある “神宮前エリア” なんです。

今回は同エリアに精通するあるエージェントが、この街を案内してくれるとのこと。さて、彼とは駅前で待ち合わせているのですが……

??:清水くーーん!

お、いたいた!

《プロフィール》松田 真規央(マツダ マキオ)

大学時代に宅地建物取引士資格を取得。ディベロッパーで経験を積んだのち、ツクルバにジョイン。地元の千葉で父親がリフォーム業を営んでおり、幼少期から住宅領域に関心を持つ。人生で関わるすべての人に “ポジティブな変化をもたらす” ことがモットー。トレーニングを日課にしており、学生時代から取り組んでいるトライアスロンでは大会の表彰経験もあるほど。

カウカモでは、個人物件の売却や購入など、住み替えに関するあらゆることをトータルでサポートするエージェントサービス事業部ソリューション部に所属。また、プライベートでは大の運動オタクで知られる松田。

仕事の前後にはジムや競技場のトラックでひと汗かくことが日課なんだそう。ちょうどこの日もスポーティーな格好ですが、もしかして……?

松田:お疲れさまです! 察しの通り、今朝は神宮前にあるパーソナルジムに行ってきました。

このエリアにお住まいの方が多く通われているジムなのですが、体作りやコンディショニングにこだわっている方が多いので、行くたびにもっと頑張ろうと刺激をもらえるんです。

さて、今日は僕たちが今いる “神宮前エリア” を、歴史的なスポットやヴィンテージマンションと共に紹介していきます! たくさんあるので、走ってついてきてくださいね(笑)!

■アジアで初の五輪開催を控えて

1964年の東京といえば、戦後復興を迎え高度経済成長下にあった時期。五輪のメイン会場がある神宮外苑一帯は、急ピッチでインフラが整備されていきました。

松田:1960年代初頭の渋谷周辺エリアは、古くから商いの街として栄えてきた銀座や日本橋エリアと比べると賑わいがなかったみたいで。

特にここ “神宮前エリア” は、五輪以前は一帯がワシントンハイツという米軍の駐留家族の方が暮らす団地だったんですよ。それが、五輪招致が決まったことをきっかけに日本へと返還されたんですよね。

跡地には国立屋内総合競技場や選手村が造られて、五輪会場をつなぐ道路は拡幅や新設。JR山手線の線路上には「五輪橋」が架けられました。

日本を代表する建築家・丹下健三が設計した「国立代々木競技場」。観客席に柱が1本もない吊り構造の屋根に、当時世界中の人々が驚いた。丹下は『選手と観客の一体感により、素晴らしい空間が生まれる』として、この建築構造にこだわったのだそう

左上・前回大会では選手村として使われ、現在は人々の憩いの場となっている「代々木公園」。/右上・オランダ選手が使用したかつての宿舎が、代々木公園の原宿門から入って右側に残っている。/左下・道路整備の一環でJR山手線線路上に架けられた「五輪橋」。/右下・欄干には陸上、体操、柔道の3競技をデザインしたレリーフが並ぶ。当時は建設スピードが優先されたため意匠に凝ることはなく、このようなレリーフは90年代の補修工事の際に彫られたのだとか

松田:開催に伴って交通インフラや区画の整備が行われ、このエリア一帯に建設ラッシュが訪れたんです。

五輪という国を挙げた一大プロジェクトが周辺の地域に変化を与え、エリアのブランド化を押し進めていったという訳。このタイミングで、建物に関する法律も改正されました。

それが、1962年の『建物の区分所有等に関する法律』(マンション法)。この法律によって分譲マンションに関するルールの土台が整い、経済成長の波にも乗って、東京には “第一次マンションブーム” が訪れました。

左・明治通りと並行して「渋谷」と「表参道」を結ぶキャットストリート。ここをかつて流れていた渋谷川(穏田川)は、1964年の東京五輪開催にあたり暗渠(あんきょ)化された。/右上、右下・渋谷川に架かっていたふたつの橋「参道橋」「原宿橋」の歴史を今に残す石碑

■“億ション” の元祖といえば

「明治神宮前<原宿>」駅表参道口を出て正面に建つ「コープオリンピア」は、異彩な存在感を放っている。販売元の東京コープ株式会社の宮田氏は、当時のアメリカの高級マンションを視察し、高級ホテルのような機能とアパートを両立する「アパーテル」を目指したそう

松田:東京五輪の翌年である1965年、その規模から “東洋一” と称されたマンションが誕生しました。

それが、当時の最高額である総工費36億円(現在の価格で約144億円)を使って建設された、ここ「コープオリンピア」。分譲価格の最高額が1億円を突破したことから、“億ション” の第1号と呼ばれているんですよ。

実際、当時の神宮前近辺の戸建て住宅の相場だった約800万円に対して、コープオリンピアは約30㎡の間取りでも約600万円と、超高級価格帯だったことが分かります。

思わずめまいがしてきますね…(笑) 

どの部屋にも最大限自然光を採りこむため、雁行(がんこう)した造りに

松田:それでも、価格に見合うだけの “贅を極めた” と言っていい住環境が整えられていました。

例えばホテルのようなフロントサービスに、エレベーターや空調設備といった充実の機能面。現在は残念ながら使われていないようなんだけど、屋上には周囲を一望できるプールもあるそうですよ。

どの側面を切りとっても当時の最先端・最高峰のクオリティを誇っていた「コープオリンピア」は、誰もが住んでみたいと憧れるマンション界のアイコンになったんです。

そんなマンションがあるこの街には、クリエイティブワーカーたちが続々と移り住んできたみたいで。

このあとは1960・70年代に建てられた、ヴィンテージマンションの名シリーズを紹介していきますね。

その芸術性の高さと管理のよさから、時代を越えて人々に愛されていて、今なお住戸の販売待ちをする人が後を絶たない建物たちです!

■ひとつひとつが芸術作品。ヴィンテージマンション群へ

左上・1964年に竣工した「ビラ・ビアンカ」。竣工時には、世界的なグラフ誌「LIFE」にも掲載されるほど注目を集めたモダニズム建築。/右上・1971年竣工の「ビラ・セレーナ」は、上部にいくほどセットバックした、採光性重視の構造が特徴的。/左下・1972年竣工の「ビラ・フレスカ」。“フレッシュな館” という名前の意味通り、建物内部に入ると鮮やかなイエローに塗られた壁が見えるんだとか。/右下・現在「東急プラザ表参道原宿」がある場所にはかつて「原宿セントラルアパート」というマンションがあった

松田:興和商事株式会社の故・石田鑑三会長が、『20年先のことをやろう』と各マンションに明確なテーマを与え、自ら設計者を選定して生まれたのがこちらの「ビラ・シリーズ」。

1980年までに8棟が完成したのですが、そのうち最初の3棟がここ “神宮前エリア” に建っているんです。

郊外の大型団地が集合住宅のスタンダードだった当時、都心にこういった建物ができるのはまだまだ珍しかったみたいですね。

それと、いま「東急プラザ表参道原宿」がある場所には昔「原宿セントラルアパート」っていう高級賃貸マンションが建っていました。

当時の有名なクリエイターたちが入居していたそうで、そこからこのエリアに事務所を設けることがステータスになっていったようです。

街とマンションの歴史を紐解くことで、なぜこの街にクリエイティブな人々が集まるのか、“神宮前エリア” の成り立ちが見えてきました。

ただ、ひとつ気になることが。コープオリンピアやビラ・シリーズなど、特にこのエリアでは当時の美しい外観を保持したままの建物が多いと思うんです。

なぜこのエリアにはそうしたケースがよく見られるのでしょうか?

松田:それはきっと、『神宮前に住んでいる』ことに対する “誇り” なのかなと思います。

60年代に街が開発されてから、文化を発信してきた街の歴史に対する敬意。そしてそんな街に住む、自分たちの住まいを美しく保ち続けようというプライド。

ひとりひとりが持つ意識がマンションの管理や美しい街並みに反映されて、今なお人々から憧れられる理由になっているんじゃないかなって。

この街に住む方々からは、過去を尊敬し、未来に繋げていくんだという意志を強く感じますね。

なるほど……。街や住まいを作ってきた先人をリスペクトし、想いを持って住み継ぐ。住民の高い意識が、今に続く気品ある街の雰囲気づくりに一役買っているんですね。

松田は最後に、自身の思い出が詰まったマンションを紹介してくれるとのこと。行ってみましょう!

■赤いレンガタイル貼りが印象的な「パレドール原宿」

松田:こちらは私がカウカモに入って最初に担当した、思い出の詰まったマンション「パレドール原宿」です。

1978年築ですが、2015年には屋上の防水工事、2017年にはエレベーターのリニューアル工事を実施していたりと、綺麗に保たれていますよ。

赤いレンガタイル貼りで、各部屋の大きな窓が特徴的。東と南に開口があり、日当たりがよく明るいお部屋が多い

松田:オートロックや宅配ボックスもなければ、ロビーがすごく豪華というわけでもないのですが、ちょうどいいサイズ感なんです。すぐ街へと繰り出せる立地の利便性がポイントですね。

街全体を家として捉えてもらえれば、“神宮前エリア” で物件を選ぶ際の視野がすごく広がると思います。

ご飯を食べる “ダイニング” としての近隣のレストランや、ゆったりくつろぐ “庭” としての代々木公園。

そんな風にこの街の豊かさを楽しんでもらえたら、暮らしはより彩られていくんじゃないかなって。

■レガシーを巡った一行が向かった先は、街のニューシンボル

“神宮前エリア” にて前回の東京五輪のレガシーを巡った一行は、少し足を伸ばして取材日も競技が行われていた「新国立競技場」へ。

松田:前回大会と同じように、今回の東京五輪2020でも、開催を前に競技施設や商業施設が各地に誕生。それらを結ぶ道路などのインフラ網が再整備されましたよね。

大会がきっかけとなって、周辺エリアが発展する可能性はおおいにあります。

いかにして街が生まれ変わっていくのか。住まいをつなぐ売却担当者として、街が過去から未来へとバトンパスされていく姿も、しっかりとこの目に焼き付けたいですね。

“神宮前エリア” を歩いていると、前回の東京五輪が遺したものがいかに大きかったのかをまじまじと感じさせられます。

美しい街並みに、芸術性の高い建物たち。エリアの景観を構成するこれらの要素は、当時の人々が未来に心踊らせ夢を描いた、情熱の産物でした。

その情熱は時を経て、尊敬と誇りを持って次世代へと受け継がれているようです。

“神宮前エリア” に住む視点を持っていなかった方も、もしご興味を持っていただけたのなら、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。

■取材後記

2020年7月、神宮前6丁目にオープンした「ミヤシタパーク」。施設内にパーソナルジムがあるという

取材が終わり松田に『このあとはどちらへ?』と聞くと、『スタジオレッスンへ向かいます!』とひとこと残し風のように走り去っていきました。

業務ではお客さまのお住み替えを、トータルでサポートしている松田。

東京を歩き回るなかで街のリサーチも行ない、お客さまの理想の暮らしはどこなら実現できるかを日々考えているんだとか。そのイメージが、売却をお手伝いする際に活かされるといいます。

ここ “神宮前エリア” は、古くからのレジェンド級の建築物がありながら、最新スポットが続々誕生するというカオス感が魅力的な街。来るたびになにか新しい発見があり、飽きがきません。

東京五輪2020が閉幕したこの先も、きっと、私たちに刺激を与え続けてくれるでしょう。

引き続きカウカモ編集部では街とマンションの魅力をお伝えしてまいりますので、次回もお楽しみに!


クレジットソースリンク