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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

ここ半年にわたり新型コロナウィルスの感染をほぼ完全に抑え込んできたタイ。そんなタイの状況については、ニュース屋台村9月18日付拙稿第177回「タイにおける新型コロナ禍後の新常態」でご報告させていただいた。それから2カ月経ち、タイは現状どのようになっているのであろうか。今回は前回取り上げなかった、製造業の動向や日本のマスコミで派手に取り上げられている反政府デモの動きなどを含めてお話ししたい。

◆外国人観光客受け入れを試験的に再開

まず、9月18日付の拙稿第177回で述べたタイの新常態(ニューノーマル)について現状をアップデートしたい。一言で言えば、前回述べたタイの新常態は現在もそのまま維持されている。依然として海外からの外国人の受け入れを厳格に制限しているため、観光業は厳しい状況に追いやられている。労働許可証や長期ビザ保有者は今年7月末の特別機便の再開とともに入国可能になったものの、海外からの入国者は外国政府関係者を除いて例外なく14日間の厳格な隔離措置が取られている。

タイの空港に到着すると、完全防護服に身を包んだ空港職員が出迎えられ、まずはPCR検査を受けさせられる。そのまま完全看護服姿の職員にバスに乗せられ、隔離施設に充てられたホテルに直行。ホテルによって差はあるものの、最低1週間は部屋に閉じ込められ、食事も弁当が部屋の前に置かれる。ホテルによってはその後の1週間は、庭やプールサイドの散歩が1日1回許されるという。

10月20日からは、外国人観光客の受け入れが試験的に開始された。新型コロナの市中感染がほとんど確認されないようになった中国が外国人観光客受け入れの第1号となったが、この14日間の厳格な隔離管理は行われた。

この14日間の隔離措置について、民間企業や官庁の一部からは短縮化の強い要望がある。しかしこれもなかなか前に進まない。我々日本人の感覚からすると、「なぜこれほどまでに厳格な規制措置を継続するのか」と不思議な気がする。

しかしこうした対応は、軍人ならではの傾向である、と解説をしてくださる方がいた。軍人にとって健全な身体なくして戦争はできない。戦争に常に身構えている軍人とって、コロナによって陣営が内部から崩壊することは許されない。そういえば第1次世界大戦において、途中まで有利に戦争を進めていたドイツが最終的に敗戦に追い込まれたのは、スペイン風邪による内部崩壊が原因だった、という見解を耳にしたことがある。なんとなく合点のいく説明である。

◆効果上がる「Go Toトラベル」キャンペーン

14日間の隔離措置を含む厳格な入国管理が継続される中で、タイの観光関連の産業は相変わらずの壊滅状態である。旅行代理店、航空会社、観光地の飲食業やサービス業などがこうした壊滅的な打撃を受けている産業に該当する。

外国人富裕者層を対象にした長期の医療ツーリズムの考えが、早い段階から政府部内で持ち上がった。プーケット島やサムイ島など、他地域と切り離され、かつコロナ禍により大幅に観光収入の落ち込んだ土地を活用する案である。地方の有力大学病院や大手病院チェーンは、プーケット島やサムイ島などで病院の整備・拡充を政府と共同して計画している。しかし問題は、こうした外国人観光客の受け入れ先であるプーケット島やサムイ島などの住民の反対にある。これらの地の住民たちもコロナ感染リスクを極度に恐れている。前述の試験的に入国が認められた中国人観光客の受け入れ地も当初はプーケットの予定だったが、住民の反対により急きょバンコクに切り替え。せっかくのタイ政府の模索も思い通りにはいかないようである。

こんな中で日本と同様にタイでも、国内旅行を推奨する「Go Toトラベル」キャンペーンが行われている。私のまわりのタイ人はこの「Go Toトラベル」キャンペーンの割引特典を利用して、積極的に国内旅行を楽しんでいる。市中感染者がほとんどいないタイでは、人々はコロナの心配をあまりせずにのびのびと旅行を満喫できる。「今まで知らなかったタイを新たに発見できた」と喜ぶタイの友人たちを見ると、タイではそれなりに「Go Toトラベル」キャンペーンが効果を上げているように思われる。

◆自動車、二輪車とも回復

飲食業やデパートにも少しずつではあるが人は戻ってきている。しかし残念ながら、コロナ感染前のような状態には戻りそうもない。人々はオンラインショッピングやフードデリバリーの便利さに慣れ、単純に「食事を食べる」ということだけで外食をしなくなった。拙稿第177回でも述べたが、高級イタリア料理店やすし専門店などは相変わらずタイ人の富裕層が押しかけている。一方で最近は、「安くて店に特徴を持たせた日本風の居酒屋」にもタイ人の若者が押し掛けている。ありがたいことに日本好きのタイ人は、こうした日本の趣を持った居酒屋に行き、日本の疑似体験を楽しんでいるようである。デパートも同様で徐々に客は戻ってきているが、売り上げにまでは結びついていないようである。デパートでは人員削減が進んでいるようで、販売員のいない売り場も散見される。商品を買いたくても質問すらできない。どうもデパートは売上低下の負のスパイラルに入ってしまったようである。

では、製造業の状況はどうか。自動車産業はタイ国内生産の約8%(2019年、筆者試算)を占め、日本にとって最も重要な産業だが、10月の国内販売は昨年並みにまで回復。引き続き11月も売り上げ好調である。

タイでは自動車区分に「乗用車」と「商用車」という区分けを適用する。商用車は1トンピックアップトラックに代表される大型車である。コロナ禍の中で、どちらかと言えば商用車のほうが売り上げの回復が早いようである。このコロナの影響で、一説によれば300万人の失業者が出たといわれるが、大半の人たちは出身地の地方に戻った。こうした人たちが地方の商用車購入需要を支えている。一方でバンコク都市近辺では、オンラインショッピングの高まりとともに配送用の1トンピックアップトラックの販売が伸びている。輸出に目を転じると、コロナを抑え込んだオーストラリアや9月まで感染拡大が一段落していた欧州・中東向けが堅調であった。一方、コロナ感染拡大に悩むインドやインドネシア向けは不調のようである。

二輪車(オートバイなど)の国内販売の回復は自動車よりも早く、8月ごろには前年並みとなった。その後また売り上げが落ちたが、再度回復してきている。二輪車の国内販売も多くの人が地方に戻ったため、地方での需要が増加した。さらに拙稿第177回で述べた通り、タイ独特の制度であるバイクタクシーがオンラインショッピングの配送網に取り込まれ、運転手の収入が大幅に増加した。こうしたバイクタクシーの運転手たちの買い替え需要が発生したようである。二輪車についても世界最大の二輪車市場であるインドやインドネシアの停滞により、海外輸出が伸び悩んでいる。そのため二輪車の生産は昨年水準まであと一息の状態にある。以上見てきたように、自動車、二輪車ともタイの国内生産は確実に回復してきており、足元では年末商戦に向け、フル生産に追われている。

◆攻勢を強める中国・韓国企業

こうした状況は自動車産業だけではない。もともとコロナにより在宅時間が増え、タイにおいても「巣ごもり需要」が堅調である。こうした巣ごもり需要の代表格である家電産業、エレクトリック産業、IT産業は堅調であった。自動車の次に日本企業がタイで存在感を持っているエアコンについても、熱帯地方のタイで家庭に閉じこもっている人々が増加したため、新規需要が増加した。しかしここにきて、少しずつ異変の兆候が見られる。日本企業はインバーター技術に守られて高級エアコン市場を独占してきたが、このインバーター技術が中国に進出した日本企業を通して中国企業の手に渡ったというのである。中国製のエアコンがかなりタイに流れてきているようである。

今年に入り、中国企業のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国への進出は目覚ましいものがある。日本が牙城(がじょう)としていた建設機械でも、中国の三一重工(SANY)がASEAN各国で猛烈な攻勢をかけている。三一重工はASEAN各国に販売拠点を設け、日本製建設機械より3割安い価格設定とリースバック買い取り方式を提示して、あっという間に市場を占有してしまった。まるでオセロゲームの石の一斉裏返しのような勢いである。価格は3割安くても製品の質は日本製をしのぐほどである。残念ながら、最先端の工作機械を投入している中国部品メーカーの製品の品質は、日本の部品メーカーの上をいくほどである。

日本のエアコンや建設機械がこのまま中国企業に敗退するとは考えたくないが、かつて日本が栄華を誇った鉄鋼、造船、家電、半導体などの産業の凋落(ちょうらく)を考えると、ぜひともエアコンや建設機械メーカーには踏ん張ってもらいたい。また、自動車に関しても、中国や韓国企業はタイ政府に対して電気自動車(EV)製造の恩典を強く求め、タイ政府は恩典を承認した。EVや自動運転車の投入により、中国企業がオセロゲームの石の一斉裏返しのようにタイ自動車市場で日本企業に取って代わってひっくり返してくることを、私は強く懸念している。

◆政権交代引き起こすインパクトなし

最後に、タイで現在起こっている反政府デモについて述べてみたい。日本の新聞やテレビなどでもたびたび報道されているため、反政府デモのついてはご存じの方も多いことであろう。私が日本の知人・友人に電話すると、私の身の安全についてみな大変心配してくれる。相変わらず日本のマスコミは反政府デモで最も暴力的に見える部分を切り貼りし、読者や視聴者受けするようにセンセーショナルに報道しているようである。

当地の事情がよくわからない人から見ると、「タイでは明日にでも政権転覆か軍によるクーデターで起こる」かのように映るようである。しかし現在の反政府デモの参加者たちは、それほど暴力的な行動を取っていない。反政府デモの主体となっているのは学生たちだが、学生たちは各大学・高校ごとに活動しており、横断的な組織ができているわけではない。政府に対する要求も各グループで完全に一致しているわけではない。

プラユット政権の退陣、憲法改正、王室改革が要求の3本柱だが、その要求内容を細かく見てみると、各グループで微妙に内容が異なっている。デモの概念ややり方も私のような旧世代の人間に理解できないものである。

デモとは、民衆が街頭に出て参加者の数と声の大きさを武器に、政府に要求を突き付けていくものだと理解してきた。ところが今回のデモはSNS上のやりとりが主戦場のようである。街頭のデモもそれほど頻繁ではなく、1週間に2回程度行われている。この街頭デモでは、学生たちはわざわざ警察に捕まるように派手に振る舞う。警察の放水をわざわざ浴びに行ったり、身体を道路に投げ出したりして警察が手足を取って道路から排除する様子をほかのデモ参加者がビデオに撮ってSNSに掲載する。その映像を見て学生たちはまた盛り上がるのである。最近は警察側もこうした学生側のやり方を熟知し、デモ参加者に直接手出ししないようにしている。デモ参加者が警察に圧力をかけると、警察はデモ隊の前から撤退してしまうほどである。

今回の反政府デモの背後で、政治的な支援と資金を提供しているのは、タナトーン・ジュンルンアンキット氏を党首としながら解党処分を受けてしまった旧新未来党だけだと目されている。従来、政権抗争で反政府側の最前線にいたタクシン・チナワット元首相率いるタイ貢献党は、2カ月ほど前に党内が刷新され、現在は穏健派主導の党運営がなされている。タイ貢献党は、王室改革を叫ぶ学生とは一線を画したいと考えているようで、今回の反政府デモの背後にはいないようである。

現在までのところ、今回の反政府デモの背後には旧新未来党以外に大きな政治勢力はいない。タイの近代史を振り返ると、1992年、2010年など何度か銃撃戦を伴った悲惨なデモや民衆行動があった。こうした混乱時には、軍内部の対立もしくは軍対警察の対立などが背景にあった。幸いなことに今回は、こうした軍の内部対立などは起こっていない。そうした点からは今回の反政府デモが「血塗られた暴動」になる可能性は少なく、また直ちに政権交代を引き起こすインパクトもないと現状では考えられる。

◆若い世代が主導権を握る時代へ

今回の反政府デモは、コロナの影響を二つの面で受けていると思っている。コロナをほぼ制圧したタイだからこそ、学生や民衆は安心して街に繰り出してコロナ感染を気にせず街頭デモを行える。今後もしコロナ感染が広がったりしたら、この反政府デモはどうなるのであろうか。コロナに対して極端に慎重なタイ人は反政府デモを継続するだろうか。反政府デモの行方は、コロナの感染次第というのは言い過ぎだろうか。

一方で、コロナ禍よる経済の停滞と人々の持つ閉塞(へいそく)感が、今回の反政府デモに少なからず影響しているのは間違いない。今月初め、バンコック銀行日系企業部で主催している産学連携会議を開催した。この場でタイの有力大学であるチェンマイ大学、コンケン大学などの出席者から「自校の学生たちがコロナにより就職に苦戦している」と聞かされた。こうしたことも学生たちの不安や不満につながっているようである。コロナによる影響が長引けば長引くほど反政府デモの収束は見えなくなりそうである。こうした中で、タイの有識者の方が何人も似たようなことを言っておられたので、その中で特に具体的だった話を最後にご紹介したい。

「プラユット政権の与党である国民国家の力党の党員は870万人いる。一方で、解党された新未来党の党員数が650万人である。国民国家の力党の党員は高齢者が多く、毎年50万人が病気などで減少していく。一方で、新未来党の潜在的支持者である若者たちは毎年90万人増加していく。あと3年も経てばプラユット政権の政権基盤は完全に弱体化する。民主化を実現しようとする若い世代が主導権を握る時代が確実に来るだろう。」

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第177回 タイに見るコロナ禍後の新常態 (2020年9月18日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-38/#more-11152


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